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桜の中で

 桜を見ると思い出す。荒川の水門を越えたところに咲いていた桜。何本も植えられていたように思うが、そんなことはどうでも良い。私の中に今でも咲き続けているのは、1本の大きな桜の木だけなのだから。

バイクの後ろに乗せられて

 父は深い緑色の自動車の他にも、オレンジ色のバイクを所有していた。車種などは分からない。それほど大きなものではなかった。

 天気の良い日は、よくバイクの後ろに乗せられたものだ。向かう先は、荒川の土手。長く長く続く土手の道を、私を後ろに乗せて走っていくのだ。

 舗装されていない道は凸凹していた。だから、砂利があればタイヤが滑ることもある。しっかり掴まっていても、落ちそうになることもある。そんな時は、父が片手で支えてくれた。

 小石と凸凹だらけのゾーンは楽しかった。バイクが小刻みにジャンプしているかのように、上下に揺れるのである。幼い私にとっては、一種のアトラクションでしかなかった。凸凹小石ゾーンが終わると、がっかりしたのを覚えている。

桜の中で・・・

 バイクはどんどん進み、赤い水門を越える。するとそこには、何本もの桜の木々が立ち並んでいるエリアが広がる。

 父はバイクを停めて私を降ろし、抱きかかえると桜が間近で見える木の根元まで歩いていく。

「登ってみろ」

「できない」

「いいから、ほら」

そう言うと、父は私を木の幹に掴まらせた。そして、私のお尻を支えながら上へ上へと押し上げていく。それに合わせて、私も何とか上に登ろうと頑張る。途中何度もずり落ちそうになるが、それを父が力強く押し上げてくれた。

 やっとの思いで私は枝に座る。下を見下ろせば、父がこちらを見上げている。落ちる気がして、ちょっと怖かった。

「上を見てごらん」

父の言葉に促され、私は見上げてみる。

 すると、目の前には桜の花の塊があった。自分の握りこぶしよりちょっと大きいくらいの、八重桜の花が。

 周りを見渡せば、自分の周りが桜の花で埋め尽くされている。なんとも言いようのない、ワクワクとキラキラとドキドキが一緒にやってきたような感覚だ。

 ちょっと遠くの桜に手を伸ばした瞬間、お尻が枝からずり落ちた。心臓が一瞬止まったような、ぐっと握られたような感覚に襲われたとき、父が私をキャッチしてくれた。

「気を付けろ~」

父は笑いながら、私を下ろしてくれた。

 持ち帰りたいと騒ぐ私に、それはできないと諭す父。半べそを書いている私の頭をポンポンとしてバイクの元へ歩いて行った。怒って帰ろうとしているのだろうか。

 すると、どこからかカメラを取り出して戻ってきた。そう、父はカメラが大好きで、よく私達の写真を撮ってくれる人だった。

 私を桜の根元に立たせて、父はちょっと下がったところにスタンバイ。

「はい、こっちみて~」

私は満面の笑みを浮かべながら、ピースサインをした。


 そこからのことは覚えていない。でも、その写真は今でも実家に残っている。そしてこれが、忘れられない、父との春の思い出の一つである。


◎あとがき◎

 春の終わりのことだったと思う。ソメイヨシノが満開の時は、家族でお花見に出かけたのを覚えている。八重桜の思い出は、父との思い出。だから、八重桜を見ると優しい、そして懐かしい気持ちになる。切なくもなる。

 思い出は美化されるものだと、従妹から言われたことがある。きっとこの思い出も美化されているところがあるかもしれない。それでも、八重桜は私に良い思い出を残してくれている。春に感謝。父に感謝。

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