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復職日記#10【自分は辛い状況であると自分で思いたがっているのかもしれない】

今日は以前からたまに頭の片隅に出てきてはいたが、見て見ぬふりをしていたものについて書いてみようと思う。

題名にも入れたが「自分は辛い状況であると自分で思いたがっているのかもしれない」ということだ。

「ん?どういうこと?」という人もいれば、「それなんとなくわかる!」と共感してくれる人もいるのではないだろうか。

これについては正直言語化するのが難しい。
なので簡潔にまとめるというよりも、自分自身の状況をもとに書いてみようと思う。

今日は遅番だった為会社にいつもよりゆっくりと向かった。
またお父さんも近くで仕事があったので一緒に車に乗って向かった。
どうしても心許せる人と居ると居心地がよく、そこから離れたくない、会社に行って成果を出さないといけない、周囲の目がしんどい、行きたくないという気持ちが強くなる。
それもあって会社着く5分前などは動悸が強く出て涙目にもなっていた。

ただ実際会社に行ってみるとそこまで思っているよりひどい状況でもなく、1つ成果を出して褒められることもあった。
そういう時はすごく気分がよく、自分はここでやっていけるという気持ちになる。実際今日もそんな気持ちになっていた。

でもここでやつがやってくる。
そう。「自分は辛い状況であると自分で思いたがっているのかもしれない」
こいつである。

誰かに褒められてやっていけると思えば素直にその気持ちに従っていい気分のまま仕事を続ければいいのに、こいつが邪魔をしてくるのだ。

「いや、今はいいがどうせしんどくなるぞ。そんな高揚した気分でいると、また仕事が降ってきて落差で苦しくなるぞ。だからしんどいと思え。」
こんな感じだ。(正直これでもあんまり言語化できておらず言いたいことと少しずれている気もする。)

ただこんな感じでいい気分のまま続けるといずれまたダメになるから、それなら最初から憂鬱な気分のままの方がいいんじゃないの。というある種防衛本能みたいなものが働いているのだと思う。


今こうやって見て見ぬふりをしていた思考について客観視してみると、自分って変な奴だな~と思う。

ただ客観視してみて、ずっと気分を上げることなく憂鬱なままでいるよりも、いい時には気分を上げてポジティブに居たいし、ダメなときはその下がり幅をいかに減らせるのかってところに注力した方がいいと思った。
そっちの方が成長幅があるし、何よりも楽しい人間でいれそうだ。


追記
復職後のnoteを書き続けてこれで記念すべき10個目だが、たった10個でこんなにも書いている内容のテンションが違うのだと驚愕している(笑)
ただそれが逆にリアルな自分をさらけ出していると思うし、これがリアルな適応障害の復職後なのだと思う。

またこんな何事にも継続力のない自分が10個も投稿できているのも、こんな拙い文章に「スキ」をしてくれる方がいるからである。
とても感謝しております。その方たちの名前を見ているとすごく自分と状況の近い方が多いのかと思います。
自分の言葉には人を動かすとか、心の支えになるとかそんなたいそうな力はないが、少しでも誰かの参考になったり共感して安心できるのであれば幸いです。

いつもありがとうございます。
これからも細々と頑張っていきましょう。


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