本を選んで考えた
僕が所属している学校(現在二つの専門学校と,産学・地域連携センターのディレクターという役を頂いております)で寄付から学生向けの図書を30冊ほど選書できる機会があった.
寄付を頂いた経緯から,その本たちは「○○文庫」として寄付者の名前を冠したある「まとまり」として図書室へ設置されることになるので,それらは永く読める本であること,将来のスタンダードになり得るクオリティを感じさせるものが良いなと思った.つまり,現代の学生たちにとって,将来への羅針盤となるようなもの,かつ,現在学んでいる分野に関連しつつも大きな未来へのビジョンを感じさせるもの,たとえ今は少し難解であっても,が好ましいのではないか.そんなことを考えて,すでにいくつかの本を頭に浮かべながらも,まず,それぞれの現場で教えている先生方に,「○○文庫」として学生に勧める本がないか尋ねてみた.
そこで出てきたものの多くが「参考書」的なものだったことは少し意外だった.そこから学んだのは,やはり現場の先生方は彼らが教えている専門分野のテクニックやノウハウに直で「役に立つ」資料を欲しているいうことと,それだけ目の前の授業に正面から向き合っているという実直さだ.こうなると,僕としては蹴ったパスが悪かったと反省するしかない.コミュニケーションはいつも難しく,だからこそ面白い.そういう本は別の予算で買っていいから,と言い添えて,○○文庫としては,そのミッション(僕が勝手に決めたのだけど)に忠実にセレクトさせてもらうことを再度先生方に了解をもらってアマゾンへ旅立った.
それにしても,選書家はどうやって本を選ぶのだろう.読んだことがある本からしか提案しないなら,どれだけ読んでいるんだという話になるから,おそらく,嗅覚のようなものが備わっているに違いない.つまり,著者や,推薦文や帯に寄せられたコメント,装丁などから,あるクオリティを嗅ぎ取るに違いない.実務的な期限(時間がなかったのだ)からここに頼るしかなかったが,それにはこの世界一大きな本屋はうってつけだった.この時ほどこの本屋が持つアルゴリズムの有能さ(同時にそれに与ることの罪悪感が消えることはない)に驚嘆したことはない.次から次へ面白そうな本を紹介してくる.限られた予算の中で30冊を選ぶのに2時間もかからなかった.もちろん,自分が読みたい(読んで良かった)かつ,学生に示唆的である,という指標でかなりの自分のバイアスが働いていることは否めない.それでも,このセレクトはこれからの時代を生きる学生にとって悪くないのでは?と思っている.
その中で,自分でも深い学びを得たものを3つピックアップする.
↑ これは,極端に相反(利益だけでなく感情的にも)する対話相手(例えば犯罪者と被害者など)においてもコミュニケーションや未来について考えることができるという幾つかの事実に基づく手引書.物語でもないのに読みながら泣いてしまった本は生まれて初めて.
↑ ビジネスフレームワークやデザイン思考は有効と分かりつつもどこか自分の自然な思考プロセスとフィットしないと思っていたところに,この本に出合ったときの「それそれ!」感.そしてそれを徹底的に論理的に仕組み化していることの凄さ.ただ,だからと言って僕が最高の発想が出来るということは保証できません.
↑ これは革命の書です,一見してそうは見えないけど.デザインという言葉と政治という言葉はどちらも日本人が苦手に感じているものの,そこを再定義して自覚し,そのパワーを発動することが自分たちの環境や社会に対していい変化を与える道具になるという,穏やか且つ破壊的な思想と実践の解説書.ウンベルト・エーコや,ジオ・ポンティ,イタロ・カルビーノなどもそうだけど,イタリア人はどうしてこう詩的なのだろう.
こうしてみると,今の自分が何を基準に行動しているかがよく見える.偏見や思い込みから解放される社会,自分で社会制度をハックしながらより良くしていく実践,そこで起きるかもしれないコンフリクトをどうやってお互いにとって良いものに変容させていくかという心構え.学校現場のこれまでの常識が大きく変わる今だからこそ,その新しい姿を見たい,そこに向かっていきたいというステートメントじみた思いが僕の選書リストから滲み出ている.
学校はその性質上,ある境界を作って抑圧された環境に陥りやすい.それによってこれまで統制を保ってきたが,今後はより学生の自発性や多様性を伸ばす方向の方が時代に合っていることは多くの人が「頭では」分かっていても,一朝一夕にはこれまで積み上げてきた仕組みの強さと安心感はなかなか変化を生みにくいのも確か.この変化には,学生や日々授業に勤しむ現場の先生たちと歩調を合わせていく辛抱強さと慎重さも必要だ.
さらに僕の中には,日本社会そのものが大きな抑圧された「学校」のように見えることがある.だから,社会の側から面白い人を集めて,学生に関わってもらって,社会と学生自身にゆさぶりをかけたい.そんな個人的な関心と,いま僕が携わっている「せとうち未来共創プロジェクト」のやるべきことが並走している.
イノベーション(に向き合うこと)は社会だけでなく,関わった人にも価値を与えることができる究極のアンラーニング体験だと思う.このプロジェクトでも,できるだけたくさんの仲間とこの感覚を味わいたい.
同じように,この選ばれた本たちが,少しでもより良き社会への変化の役に立つといいなと思う.
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