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読書記録#1/ポストオウム世代が読んだ村上春樹『アンダーグラウンド』

 地下鉄サリン事件の被害者を村上春樹が取材し、証言をまとめた一冊。読書サボり癖が顔を出してしまい、読破に二ヶ月かかった。反省。

 地下鉄サリン事件は私が生まれる数年前に起こった。こんな言葉はあるか知らないが「ポストオウム世代」に当たる。叔父がまとめて貸してくれた本の中にあった一冊で、興味本意で読み始めた。

 村上氏が取材した証言者数は62人に上る。当時の混乱ぶりやサリンの恐ろしさが窺えるが、読み進めていくとある程度の傾向があるように思われた。サリンによる体調変化が始まった際、多くの人はそれがすぐそばの外的要因とはまず考えないこと。近日中に起こったイレギュラーや体調不良の予兆が現れたと感じ、「時々おこる体調不良」の一つとして見過ごそうとしている点だ。そしてサリンの後遺症として記憶力、集中力、体力の低下を挙げ、「サリンの影響だけでなく年齢のせいかもしれない」と考えるところだ。

 この理由づけの傾向についてはおそらく心理学的な説明がなされると思う。一方で、オウム真理教に対する怒りの度合いは各個人によってさまざまである。極刑にしてほしいと言う人もいれば、後遺症が残ったのに何も感情が湧かないと言う人もいた。

 インタビューは村上氏によって質問事項が絞られたか、あるいは編集の段階で内容の並び順を統一させられたためか、途中からパターン化している(編集方法については前書きに記載してある)。読み進めていくうちに、読み手である私もそのパターンに慣れ惰性的な読み方をするようになった。

 また、本文では証言者の身なり・雰囲気と大まかな半生が村上氏の主観によってまとめられていた。証言内容はある程度パターン化していると上述したが、各個人の人生は似通っているものはなく、その人柄が色鮮やかに感じ取られた。これはおそらく証言者を「被害者」として一括りにしたイメージから開放し、各個人が人生をもった、我々と変わらない人間であることを読み手に実感させるために村上氏が狙ったものであろう。





 「事件を風化させたくない」という言葉が本文中にあった。歴史的事件・災害が起こって時間が経ったあと、その周忌にもこの言葉はよく言われる。戦争や震災などを経験しない世代にどう伝えるべきかと言うのはよく聞く課題だ。


 村上氏は後書きでこの懸念に触れていた。引用しようと思ったが、村上氏のエッセイはとても魅力的なのでぜひ多くの人に読んでほしい。(あと引用が面倒くさい。)そしてその内容が、私が凶悪事件についてかねがね感じていたことと一致していた。

 秋葉原、座間、相模原の障害者施設、京アニ、登戸……。数年に一度の頻度で起こる凶悪殺人事件の犯人像はどのようなものか。おそらく多くの人は「数千人、数万人の中にひとり生まれる狂人」をイメージするのではないか。そうした人たちが起こす殺人はいわば天災と同義であると考えるのではないか。被害に遭うのは天文学的な割合のはずれくじを引いたためで、その原因は犯人ひとりのものであると。

 しかし、(ネットで収集できる限りの情報ではあるが)犯人たちの生い立ちについて調べてみると、家庭内での不遇、想像を絶する孤独、強烈な挫折など「社会を憎む原因」がきちんと見つかる。あるいは何かをきっかけに「我々の社会常識」と相反する「彼らの正義」を確立し、その「正義」に則った行動を遂行しているだけであることがわかる。

私の言葉で何とかアウトプットしてみたが、村上氏がオウムに関して後書きで述べていることと近いと思う。凶悪犯罪は狂人による突発的な天災ではなく、社会構造を軸に我々と同じ人間が起こす人災だ。

 かつて私も凶悪殺人犯は先天的な狂人だと思っていた。そして悲しい境遇に生まれついただけの人もいると知った。その人たちは自助を怠ったわけではなく、手を差し伸べてくれる人間が「たまたま」近くにいなかっただけかもしれないと思うようになった。

 凶悪殺人や地下鉄サリン事件は、原因は狂人と思い込んでいると戦争や自然災害より再現性の低い出来事のように思える。しかし、今の日本は悲しい出来事が起こりうる基盤を既に備えているのではないかと思う。
 「日本の生きづらさ」はいろんなところで議論されている。ここで深く触れるつもりはない。加えて今はコロナによる社会不安が大きい。自殺者も増えていると聞く。

 そしてポストオウム世代が大人になっている。憎しみと社会不安は連動する。

 何かできることはないかと考えると虚しくなる。私一人の力で日本を元気にすることはできない。

 身近な人を大切にすることが、今のところ私にできる唯一の方法だ。


 言いたいことをうまくまとめられた感じがしないので、また似たようなテーマで何か書くかもしれない。


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