課長のあそこ11

 課長は、商売道具のカッターナイフをもって、辞表を提出いたしました。

 辞表はただちに受理されて、その日のうちに課長は退職金をもって、

「おまえといっしょに、店をひらこう! 銀座の店だ! おまえのオブジェを売る、ギャラリーをいっしょに経営しよう」と、いいました。「ギャラリーは、日本語で【画廊】だぞ」

 課長は、からから笑いました。

 ベッドの上で。なんども、なんども、やせた手足を、のばしつつ。

 わたしは「はい」と、返事しました。

 それからです。わたしと課長が共同経営者となって、かねてより(わたくしが、キャバ嬢をしていたときに、見つくろっておいた)東銀座の物件を、押さえたのは。

 賃料のウン十万円と敷金その他は、課長の退職金と、わたしのスズメの涙の貯金を、気前よく、つぎこみました。

 わたしはちょっと悲しかったけど、課長は「えいえいおー!」と、こぶしを高くかかげて、意気軒昂(いきけんこう)。

 第2の人生に飛びこむ課長の、元気だけが、光りました。

「やっていけるだろうか? 東銀座で? 芸術のセンスは、さほどない、わたしが作ったオブジェが売れるだろうか?」

 このような疑問は、課長にまったくないようでした。

「クヨクヨしたって、はじまらない。矢は放たれた。えいえいおー! えいえいおー!」ワイシャツをぬぎすて、ポロシャツの袖からのぞく課長の右腕は、ずいぶん、やせておりました。

 日のあたらない、会社の暗い事務室で、カッターナイフを手に、黙々と、郵便物の開封作業をしていた課長の両手は、生白く、まるでキノコのようでした。

 あの、なよなよとした、それでいて、妙に、噛みごたえのあるエノキダケ。……に、そっくりです。

 そんなわたしの心配をよそに、課長は両手を腰にあてました。

「さあ。入れものは、ととのったから、あとは、売りもののオブジェを並べるだけだ。きみのオブジェを見せてくれ」

 わたしは、川でひろってきた、石を見せました。

(12話につづきます)

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