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#6‐1ヶ月450H労働、エンジニア若月のルーツ

物流のラストワンマイルをDX化する【207株式会社】がお届けするnote。今回は、フロントエンドエンジニアの若月さんをゲストに迎え、エンジニアになるまでのルーツや仕事観を中心に話を伺いました。

ー それでは、簡単に自己紹介をお願いします。

若月:207株式会社(以下「207」)で主にTODOCUサポーターというアプリの開発をしています。フロントエンドエンジニアの若月です。神奈川県出身で96年生まれの24歳です。

ー エンジニアの方はハンドルネームを持ってる方が多いですが、若月さんの場合はどういうハンドルネームで活動されていますか?

若月:少しお恥ずかしいですが、wktq(ワクテカ)という名前にしています(笑)wktkというネット用語の最後のkをqにしてワクテカと読んでいます。

ー ハンドルネームの由来は何かありますか?

若月:先輩のエンジニアの方に「付けた方が楽だよ」と言われ付けました。当時母音を抜いた表現が僕の中でマイブームになっていたのですが、若月の母音を抜いたwktkはすでに他者に取得されてたんです。なので最後をqにしたという感じです(笑)

ー エンジニアの方がハンドルネームを持つ理由を何か感じるところはありますか?

若月:いくつかあると思いますが、とりあえず英語名が欲しいということはあると思います。あと僕の印象ではネットに対する理解が深いとリアルネームを使うのが怖くなってくるんですよね(笑) なのでハンドルネームを使う人が多いイメージですね。

ー 確かに。あとエンジニアは言語が書ければ最初からグローバルに認知されるという観点もあるのかもしれないですね。

若月:そうですね。グローバルな認知の為にハンドルネームを使うという目的もあります。

ー 今はエンジニアをされていますが、もともと大学ではどういう勉強をされていたんですか?

若月:大学は文系で経営学部 経営学科でした。そもそもエンジニアリングの勉強をしていた訳ではなく、いわゆるWeb系からきたエンジニアという括りです。Web自体は中学生の時から触っていて、高校卒業する頃にはWebで事業をやってました。

ー Webをやってみようと思ったキッカケは何ですか?

若月:中学生の時から自分たちでバンドをやっていて、バンドのホームページやイベントのホームページを作っていました。その流れで、今でいうNocodeでWebサイトやアプリを制作できるサービスが当時あって、Wixやmonacaなどを触り始めたのが興味を持ったキッカケでした。

ー なるほど。ご自分の趣味から必要に駆られて身につけたんですね。

若月:そうですね。

ー ちなみにバンドは何を担当されていたんですか?

若月:僕はドラムをやってました。ギターを弾いたり歌も歌うんですが、主にドラムでした。

ー どういう系統の音楽が好きなんですか?

若月:ミクスチャーや電子音と組み合わせる音楽が好きで、IssuesやLinkin Parkが好きですね!

ー 懐かしいですね~(笑)207にジョインする前はどこでどんなことをされていましたか?

若月:高校を卒業した18歳くらいから、アプリを作って自宅開発のようなことをやり始めました。それをやりながら1年くらい経った時に、当時イギリスから帰国したビジネス側の方と、僕、先輩のエンジニアの3人でファッションニュースのキュレーションをやりたくて会社の創業に参加しました。その会社で3年ほど色々な事業をやっていましたね。

メイン事業はファッションニュースのキュレーションアプリで、他にはファッション系のクリエーター向けの案件マッチングや、クリエーター向けのSNSアプリを作っていました。その会社はいまグローバルECにピボット(事業転換)しています。

ー いわゆる就職活動はやらなかったということですか?

若月:やってないですね。自分で事業をやってその流れで207に入ったような感じです。

ー 凄いですね。まわりの同僚や大学の友達にそういう方が多かったんですか?

若月:まわりには全くいませんでした。なぜ自分で事業をやるモチベーションになったかはあまり分かっていませんが、逆に周りの人たちに対しては危機感のようなものを感じていましたね(笑)

ー そういう背景があったんですね。最初の事業は、どういうポジション・役割分担で運営されていましたか?

若月:僕は当初Nocodeでの開発をしていたので、2個上の先輩のエンジニアが基本的にメインのエンジニアでした。僕は雑用的なことから始めて、マーケティングや分析、開発まで何でもやる!という感じでしたね。人数も少なかったので。

ー 自分が経験のないことも含めて、自立して学習しスキル身につけて進めていかないと事業が進まないという時だと思いますが、大変だったエピソードはありましたか?

若月:自立的に学習するのは好きな方ですが、開発に関していうと英語文献のソース(リファレンス)が多いので「とりあえず英語やらなきゃな!」と思い留学しました。英語を身に着けないと多くの情報が取れないというのは感じていましたね。

ー 開発やご自身のスキル、知識を上げるために英語留学したということですか?

若月:そうですね。

ーとてもストイックですね(笑)

若月:(笑)でも留学自体はストイックな感じの留学ではなく、ゆるりとしていました。

ー どちらにどのくらいの期間留学されていたんですか?

若月:ニュージーランドに行っていました。期間は半年ほどです。仕事をしながらだったので、途中でちょっと仕事が出来なくなって帰りました。

ー 最初の事業はどれくらいの期間されていたんですか?

若月:3年ほどやりました。ただ後半はECにピボットしたので、開発が少しつまらなくなって...というと怒られちゃうと思いますが(笑)そこに限らずECの開発はあんまり楽しくなくて、半分フリーランスのような感じになっていましたね。なので実質2年ほどフルコミットして、全体でいうと3年くらい関わってました。

ー ECの開発はどの辺が楽しくないと感じましたか?

若月:キュレーションアプリは、最初は中身のコンテンツをどうするかなどを考えるところから始まって、UXもユーザー属性や特性に合わせて変えていく作業が面白かったんです。でも、EC開発はベンダー向けの仕組みを開発することが多くなってくるので、その辺りの開発をしてると創造性がないのかなぁ…と思ったところはあります。

ー ゼロイチは楽しいですよね!

若月:そうですね。

ー すでにあるものを継ぎ接ぎしていく感じになっていったんですか?

若月:はい。EC事業にピボットしたからというところもありますが。

ー その後はどういうキャリアを歩まれたんですか?

若月:最初の事業で半分フリーランスをやっていた時、開発チームを自分で作りフリーランスを集めて受託開発をやっていました。その時207代表の高柳と一緒にアプリやサービス作ることがあり、その流れで207株式会社に入りました。

ー どんなキッカケで出会われたのですか?

若月:オンラインで出会ったことは確かですが、高柳がやっていた別の案件に関わることがあり、その後に実際に会いました。


ー どのように誘われたか覚えていますか?

若月:そもそも、顔出しせずにコミュニケーションを取っていたこともあり、初めて高柳と会ったのが2年前の8月だったと思います。目黒の日本料理屋にご飯を食べに行き、207の事業について説明を受けました。
その頃ちょうど起業しようと思っていたので、色々悩みつつも207の忘年会に行ったら西田(207のQAエンジニア)にすごく口説かれました(笑)

ー(笑)

若月:その場に207現CTOの福富が同席していましたが、その二人が猛烈に口説かれてましたね。

ー どんな感じで口説かれたんですか?(笑)

若月:「事業楽しいよ」「楽しいメンバーでやってるよ」という感じでした(笑)

ー 当時は夜間配送プロダクト(207の創業事業)をやっている時ですか?

若月:その時はすでにTODOCUサポーターを作っていて、スキマ便を始めるくらいのタイミングです。なので、その頃は夜間配送プロダクトは縮小しようとしていた時ですね。

ー 新しいことを始めたり、ベンチャーに一桁目の社員番号で飛び込むとか全然怖くなさそうですが、怖くはないですか?(笑)

若月:何が怖いんだろう?という感じですね(笑)元々フリーランスで活動してることもあり、働くことに対してそういう恐怖はないですね。別に辞めたら辞めたで新たな何かをする…というスタンスでやっています。

ー 自分の意思決定に対してリスクとリターンで評価するよりも、その場が楽しそうかといった本能的な意思決定が多いですか?

若月:そうですね。中期的なビジョンはあまり考えないですね。長期的なビジョンは考えますが、中期的なビジョンはあまり予測できないという前提のもと、考えないという感じです。

ー 長期的なビジョンはどういうところを目指されているんですか?

若月:「事業をやりたい」というのは昔からありますが、僕の個人的なやりたいことは、リアルとバーチャルを繋げていく、バーチャルの世界をリッチ化するところです。

リアルとバーチャルの接点というものをどう組んでいくかというところの学びが、207で働いていても結構あります。

ー リアルとバーチャルというところでいうと、最近だとメタバースも興味あったりするんですか?

若月:興味はありますね。ただ、ゲーム世界でいうと昔からメタバース的な(アイテムに課金する)仕組みは結構ありますよね。何度も議論はされていますが、結局アイテムへのリッチさがあまり足りてないよねというところがあります。

今後5Gでデータの通信量が大きくなってくると、アイテムがリッチ化したり、ライブでオブジェクトを構築できる時代が来ると思うので、バーチャルの価値はどんどん大きくなってくるんじゃないかと思っています。


ー 面白いですね。話は変わりますが、個人で分散型の開発組織を構築して活動されていると思いますが、そちらはどのように動いているのかお伺いしてもいいですか?


若月:個人事業で1年ほどやってみて、結局のところあまり上手くワークしませんでした。

なぜ上手くできなかったかというと、仕組み化が上手くいっていなかったというところです。

例えば受託開発案件の管理で、僕が作ろうとしていたのは、フリーランスが集まって案件を持ち合いシェアするギルド型組織を目指していたのですが、案件が大きくなってくるにつれて管理するのが厳しくなってきました。

小さい案件だったら良いのですが、規模が大きくなると案件を分割する作業が発生するので大変だと思っています。今はその分割方法を考えるっていうところで止まってますね(苦笑)


ー 本業や副業という垣根は若月さんの中で無いと思いますが、色々活動している中でのシナジー(相乗効果)を感じることはありますか?


若月:元々はありました。案件の種類にもよりますが、TODOCUなど既に動いてしまっているプロダクトの中では試せないことも、新規の案件ということで試せるというのはとても大きいです。

ただそれも時間が経ってしまったが故ですが、受託で受けている案件も運用フェーズに入ってしまったので、だんだんと同じことになってしまい新しいことが出来ないということを最近は少し悩んでいます(笑)


ー 業務に関連して言うと、若月さんはとても働かれていますよね?土日含めて450時間/月くらい働いてると噂を聞いたことがありますが(笑)

若月:計測すると実際にそのくらい時間だと思いますね(笑)ずっと集中しているかというとそうではなく、パソコンの前で作業している時間がそのくらいです。

ー 凄いですね!(笑)

若月:いや、凄くはないと思います(笑)仕事と仕事じゃないものの区別があんまり無いので。例えば、炭鉱労働を450時間/月って無理だと思いますが、そこが昔と労働が違ってきているところかなと思っています。

ー 世の中では自分の好きなことを仕事にせよ!と言われていますが、まさに最前線で実践されていますね。

若月:そうですね。でも仕事が楽しくなくなってくるとフルで働くということがだんだんと難しくなってくるので、「楽しい」って思えることは重要だと思います。

ー ちなみに自分が楽しいと思えるものが見つからない方もいらっしゃると思いますが、そのような方々にアドバイスはありますか?

若月:僕の地元の友達でもそういう人がいますが、仕方ない部分もあるかと思っています。元々持ってる能力で言えば、幼稚園や小学校の時にやってたことの延長だと思うので、そもそもそういうものが無い人は結構悩んでしまうと思います。だから楽しくなくてもトライしてみて、一個秀でたものを発見することを最初にやってみたらいいかと思いますね。

ー 量を一度こなしてみるということですね。

若月:最近それをやらずに楽しい事だけをやって上手くいかない人を結構見ます。やはり仕事だろうが仕事じゃなかろうが、価値を最終的に届けなければいけないというところは同じだと思うんですよね。そこで価値を出すために、少なくとも最低限の能力というものはなければいけないなと思います。

ー いま、個人としてのチャレンジや自分に課してる目標はありますか?

若月:207内でいうと、とにかくプロダクトのPMF(プロダクト・マーケット・フィット)に向けて出来ることを全部やることにチャレンジしています。
最近のニュースだと、6月からエンジニアで共同生活を始めました(笑)そこで本当に、プロダクトだけを見て開発するということを短期的にやりたいと思っていますね。

長期的な視点ですと、207は全員リモートワークで働いているのが特徴ですが、本当にリモートワークで業務を上手く回すための仕組みづくりを考えたいと思っています。

ー そうなんですね!

(後半へ続く 2021/06/30 17:00 公開予定)

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