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不便利屋③ DAY2

#連載 #小説 #SF #短編 #withコロナ

新型コロナ禍のおうち時間を利用して書きはじめた短編小説第二作です。書き続けるモチベーションのためにnoteに掲載します。週一で更新予定。本作はフィクションです。登場人物 団体 固有名詞等は実在のものと一切関係ありません。

不便利屋

アフターコロナの世界を描く短編SF小説 第2作

DAY2

月のものだった空が、地球のもとへと帰ってきた。青く明るくなりはじめた東の空をぼんやりと眺めながら、少しづつ意識を現在地へと戻していく。手には硬い紙の感触がハッキリとある。絵本はしっかりと僕の手の中にあった。もう一度ページをめくり、そこに描いてある絵を確認した。答えを見つけるには、歩くしかない。そうするしかないと自分に言い聞かせた。何より、不便利屋のもとに行くことがそもそもの目的であり、それが答えであるはずだ。絵本をリュックにしまったところで気がついた。

地図がないんだ。

そうか、地図の代わりに絵本を手に入れたのか。僕を縛っていた紐が一つ解けたような気がした。大丈夫。道は一本道だし、幸いにも太陽は見えている。リュックにはスマホが入っているが、丘を超えてからは完全に圏外で使い物にならない。きのうよりも少し軽やかに僕は歩きはじめた。

山間の道は、木陰をつくりながら先へと続いていく。少しづつ坂道になり、山を登っていることがわかる。歩くリズムが出てくると、体は自分の意思とは別のところで動いてくれる。
足を動かす体のリズムが速くなった。坂を下り始めたようだ。アップテンポになった土を蹴る音に合わせ、風が森の葉や枝を揺らして旋律を奏でる。自然と僕は小さい頃のことを思い出していた。

子供の頃に描いていた夢って何だった?そうだ僕は音楽が好きだった。ピアノをならっていた時期もあった。いつの頃からだろうか。夢を描くのをやめたのは。具体的な目標が夢にとって変わった。弁護士になったのも夢や憧れなどは一切関係なかった。人助けとかが目的でも無い。自分の生活を安定させるための方法でしかない。正しい判断だったと思っている。
ただ、結果として感謝されることは仕事の報酬とは別のところで喜びにはなっていた。

森を抜けると、集落が見えた。古い建物ばかりが肩を寄せ合うように集まっている。どれも木造の平屋で、灰色になった壁が時の流れを物語っている。夕陽が放つオレンジ色の光が窓ガラスに反射して、僕の目に入った。思わず手でその光を遮りながら、細めた目で集落の様子を確認する。

ここが?いや、まだ目的の場所ではない。不便利屋の示した住所は僕の街から160キロほど。歩くペースは常に計算している。普段は家のトレッドミルで運動しているので、体内時計がかなり正確に機能しているはずだ。キロ5分ペースのラン、ウォークだとキロ10分ペース。1日25キロを移動していけば7日目にたどり着く計算で計画を立てた。山道を考慮してもそんなに誤差はないはずだ。まだ二日目。50キロほど進んだだけ。しかし、こんなところに人が住む町があるのだろうか。地図を手放してしまった僕にはそれを確かめる術はない。むしろ自分で地図を作れということなのか。そういえば、こんな昔話を聞いたことがあった。あのウイルスが猛威をふるっていた頃の話だという。


各都市はロックダウンされ、街の境界線が物理的につくられた。それが僕が超えた丘だ。人々は完全に街の中に隔離され、安心安全に暮らすことができるようになった。しかしそこに自由はなかった。決められたルールのもと、決められた生活を送る。それでも多くの人は自由よりも安心を選び、それが当たり前になると不平や不満もなくなった。街の中には。
きっと中世の城壁も、敵から身を守ることと壁の中に住む人々を権力者が支配しやすくするという二つの目的を持っていたのではないかと思う。

しかし自由を求めた少数の人たちが街を抜け出した。彼らは街の外にコミュニティを作り、自給自足の生活を始めた。彼らは自分たちをフロンティアと呼んでいた。
最初の頃は不法な店が並びマスクや消毒液を売っていたらしい。密造した高濃度のアルコールの酒を並べていたものも。まるで歴史の教科書でみた戦後の闇市のようだったという。それでも自由を求めた民は、自由とは何かを模索しながら自治を築き上げていった。
必要最低限のルールだけが作られた。

Respect Others
Help Each Other
Do it yourself

他人を敬う
困った人がいたら助ける
自分のことは自分の責任で

しかし、その暮らしも長くは続かなかった。政府が支配を広げていったのだ。街の中のウイルスは完全に支配下にあったが、その脅威がいつ外から入ってくるのかわからない。ウイルスのリスクを受け入れながら暮らしていたフロンティアは、政府にとっては脅威であったのだ。フロンティアたちのユートピアは数年で終わった。


かろうじて立って居る古びた建物たち。日が落ち、また月が少し歪んだ形で顔を出した。今夜はここで休むことにするか。比較的丈夫そうな小屋を見つけ中にはいる。埃をかぶった机や倒れた椅子、割れたコップが転がった床。かつてここに生きていた人は、どんな自由を得たのだろうか。

机の埃をはらい、椅子を起こして腰掛けた。リュックから食料を取り出す。食料と言ってもいくつかの栄養カプセルだ。ちゃんとした歯応えのある料理を食べるのは、たまのネットデートやソトノミの時だけ。他の日はこれで済む。水分もこれで1日の摂取量をまかなえる。しかも一日一食で充分。2、3度喉を鳴らしただけで、あっという間に食事は終わった。部屋のすみに行き、リュックを枕にして横になった。窓から光が差し込んでくる。月の鏡が地球におくる太陽の光は熱を持たない。冷たい明るさが机の上を青く照らしていた。

そこに別の光が差し込んできた。暖かさをまとった黄色い光。上半身を起こし、その光源を確かめる。ランタンの明かりのようだ。誰かがいる。ガラスの中の小さな炎の向こうに、人影が二つ重なって見えた。と、明かりは窓から向こうに消えた。立ち上がって窓の外を見てみる。誰もいない。その時だった。おもむろにドアが開けられ、二人の男が入ってきた。一人は160cmくらいでずんぐりむっくり。もう一人は190cmほどの長身でひょろっとした体型。小さい頃に読んだ童話「デブの国、ノッポの国」が頭に浮かんだ。口を開けて立ちすくむ僕を見た後、二人はお互いを見つめ合い、もう一度僕を見て声を揃えてこういった。

「やあ、元気?」
あまりにも素っ頓狂な声だったものだから、思わず吹き出してしまった。
すると、二人は僕に合わせるように笑い声をあげて
「アッハッハ 笑えるということは元気ってことだあね」
またも声を揃えて話しかけてきた。
「僕たちフロンティアーズ。双子の兄弟さ」
よく聴いてみると、二人の声は高音と低音に分かれていた。小さくて丸い方が高い声高くて細い方が低い声。見た目の印象とは反対の音が聞こえてくる。
二人の声は普通に喋っているのに歌っているようだった。二つの音が奏でるハーモニー。
「知っていたのさ、君がここにくることを。そうさ、待っていたのさ」
ミュージカルでも始まりそうな雰囲気の中で、二人は続けた。
「むかーし、昔のその昔。自由を求めてやってきた。彼らは勇気とともにやってきた」
二人が歌うように話し始めたのはこの町の物語だった。
それは僕が聞いたあの話と同じストーリー。ハッピーエンドにはならない。
悲しい結末を、悲しく歌い上げるように語り終えると二人は黙って下を向いた。

「その話は聞いたことがあるよ。ここを見つけたときに思い出した」
僕は二人に同情するように言った。
「でも、彼らがつくった最低限のルールはいいなと思ったよ。今この状況になってね。街にいたときには、決められた生活を決められた通りに過ごすことが心地よかった。他人は関係ないし、困ったときには行政が助けてくれる。必要なものはなんでも揃っていて、自分で何かを作る必要もない。でも、その世界を飛び出してみてわかった気がする。自由の尊さが。もう一度街に戻ったら、3つのルールを心に留めて人生を見つめ直そうと思う」

すると二人は顔を上げて、驚いたような声でこう言った。
「3つのルールだって?4つだよ」

「僕が聞いた話に出てきたのは3つだけど、4つなの?」
「そう4つさ。Respect Othersでしょ」
「そう、他人を敬う」
「 Help Each Other」
「うん。困った人がいれば助ける」
「 Do it yourself」
「自分のことは自分の責任で」
「そして」
「そして?」

「ねえ、君が胸につけてるバッジちょうだい」
4つ目の答えを期待していた僕は、思わず崩れ落ちそうになった。そして、そう言われて胸に弁護士の資格を現す丸いバッジがついている事にはじめて気づいた。そうか慌てて家を出てきたから上着につけたままだったんだ。
「これはダメだよ。弁護士バッジなんだ。これがないと仕事が、、、」
と言いかけて、さっき自分が言ったことを思い出した。そう、街に戻ったら人生を見つめ直そうと言った自分の言葉を。
「その太陽のようなバッジが欲しいのさ。僕たち」
二人はまた声を揃えて歌うように言った。確かに丸いバッジは太陽に見えなくもない。すると二人は小さな声で悲しげにこう続けた。
「月明かりの中で僕たちは、歌い踊る。そう鏡に照らされた光の中で。でも本当は明るいお日様のもとで歌いたい。踊りたい。誰かの歌を歌うのではなく、僕たちの歌を歌いたい。月じゃなくって太陽になりたいんだ。自ら輝き燃える太陽に」

そしてじっと僕の目を二人の目が見つめる。
「知っていたのさ、君がここにくることを。そうさ、待っていたのさ。ある日、太陽のバッジをつけた男の人がやってくる。そのバッジを手にすれば僕たちは太陽になれる」

「わかった。あげるよ。少なくとも今の僕には何の意味も持たないからね」
胸につけていたバッジを外し、小さな方が伸ばした手の上にのせて訊いた。
「でも、僕がここにくるって、どうして知っていたの?」
ノッポがその手からバッジを摘むと、天井に届くほどに高々と掲げて答えた。
「あの人が言葉を置いていったのさ。あの人だけは自由を手放さなかった。僕らはその言葉だけを持って今日の太陽を待っていた。4つ目のルールに従ってね」

「あの人って、」そう訊こうとした時、小さな方が両手を広げて少しの間を置き、二人が揃って飛び跳ねこう叫んだ。

「Enjoy Music!」

花火のように光がはじけた。その眩しさに思わず目を閉じる。すると双子の兄弟が歌声が響いてくる。踊り出したくなるような明るい曲だ。

「そうさ、いちばん大切なルール。それは人生を楽しむことさ。それが自由。それが喜び。音楽のない人生なんて意味がない。人は楽しむために生きている。」

目を開けると、そこに二人はいなかった。ただ歌声だけが残っていた。その歌がだんだんと遠くに離れていく。気がつくと窓からは熱を持った光が差し込んできた。太陽が昇りはじめていた。歌声は光の元へと帰っていくようにフェイドアウトしていった。

心がどこか晴れやかになり、また一つ紐が解けた気がした。バッジをつけていた跡には小さな穴が残っていた。それを指先で確かめると自然と笑顔がこぼれた。双子が歌っていた歌を口ずさんでみる。僕は喜びを得た。

三日目の旅が始まった。

サポートしていただいた分は、私が今応援しているアジアの子ども達に小学校をつくるボランティア活動に役立たせていただきます。