不便利屋 ② Day1

#小説 #SF #短編 #withコロナ

新型コロナ禍のおうち時間を利用して書きはじめた短編小説第二作です。書き続けるモチベーションのためにnoteに掲載します。週一で更新予定。本作はフィクションです。登場人物 団体 固有名詞等は実在のものと一切関係ありません。


不便利屋

アフターコロナの世界を描く短編SF小説 第2作

DAY1

旅が始まった。正直怖い。
生まれてから一度もこの街を出たことがなかった。ほとんどの人が、そういう人生を送っている。数週間おきにしか外出していないとはいえ、見慣れた街の風景が愛おしく感じる。人の姿を見ることはほとんどない。コンクリート打ちっぱなしのビジネスビルや、判で押したような2階建の戸建てが並ぶ住宅街。日々大量の食品や物資を運ぶドローンの群と、それらの拠点となる巨大な倉庫。そして金持ちが娯楽として楽しむレストラン街。効率的に配置された街は無機質ではあるが、それでも美しい。僕の好きな機能美というやつだ。

街灯が消え、東の空が薄目を開けようとした頃、街のはずれにたどり着いた。目の前にある小高い丘が街とそれ以外を隔てる境界線になっていた。わざわざこの丘を越えて、便利な街を出ようと思う者などいない。ごく一部のビジネスで他の街との交流が必要な場合のみ都市間列車で移動するだけ。それも地下につくられた貨物輸送兼用の専用チューブラインでだ。街と街の間がどうなっているのか、ほとんど誰も知らない。噂では、かつて普通に人々が交流をしていた時代に作られた道路や街の痕跡が残っているらしいのだが。

丘のてっぺんまで登りきると目の前に現れたのは、朝日に照らされた一本の道。広々とした平原を左右に分ける境界線のように真っ直ぐに伸びている。その先端はぼんやりと見える遠くの山並みの麓へと消えていた。パソコンからプリントアウトした地図を取り出し、見える景色と方角を確かめる。大まかな方向は合っている。道の先端と山の麓がつながる一点を目標に定め、街の反対側へと丘を降りていった。重力に引っ張られ自分の意思とは別に、僕は走り出していた。

誰もいない、何もない道を一人歩く。いつまで経っても遠くの山並みは近づいてこない。太陽は目を見開き、真上からギラギラとこちらを睨んでくるようになった。すっかり目を覚ましたようだ。もう歩きはじめてから半日がたったということか。そう思って前を見ると、一つに見えていた山並みが二つに分かれはじめていた。遠くの山と手前の山が重なっていたようだ。二つの山の麓の先が完全に別れ、道はその間へと消えていた。そうか、遠くのものはハッキリと見えないからな。

山の間を進んでいくと、道の真ん中に小さな人影が見えた。「まさか、人がいる?」最初は何かの見間違いだと思った。街以外に人がいるはずなどないと思っていたから。しかしそれは間違いなく人だと確信できるほどハッキリとした輪郭が見えてきた。そこには、一人の少女が立っていた。

7、8歳だろうか。こんな小さな子が一人でなぜ、こんな場所に。背中に熱を感じた。気がつくと西日が後ろから僕の影を伸ばしていた。その影の先が少女の足元につながった時、少女の肩まで伸びた髪が風に揺れた。
「おにいさんでしょ。フベンリヤをさがしてるの」
真っ直ぐに僕の目を見て少女が言った。
「え、なんでそれを」
その瞬間、僕の疑問は少女がなぜこんな場所にいるのかということから、別のところに移った。
「いったい、君はだれなの?」
もはや少女であることさえても疑問に思えてしまう。無邪気な笑顔の中に、どこか大人の企みが隠されているような気がした。
「私、絵本になりたいの」
それが僕の質問への答えなのか、少女の一方的な主張なのか。どう判断すればいいのだろうか。そんな僕の戸惑いに構うことなく、少女は話し続けた。

「ねえ 絵本てさあ 自由だよね 形も大きさも色も
 私 絵本になりたいの
 大人も子供も 字が読めても読めなくても
 目が見えなくても 耳が聴こえなくても
 音や言葉だけで匂いがしてくるような
 そんな絵本になりたいの」

絵本。幼い頃の記憶がよみがえってきた。美味しそうなホットケーキが描かれた絵本。溶けたバターとハチミツが絡み合って少し焦げたケーキからは湯気とともに香ばしく甘い匂いがしてくる。そうだ、絵本は自由だ。閉ざされた世界から心を解き放つ魔法の地図。そこに描かれている目的地は夢だったり、愛だったり、笑いだったり。

「フベンリヤのところに行きたいんでしょ?」
少女の声が僕を現在地に引き戻した。
「ああ、そうだった。何か知っているの?不便利屋のこと」
「んん、しらない。それって人なの?それともマチのなまえ?たべもの?」
「お店の名前 かな。でも、知らないフベンリヤの名前をどうして?
 っで、僕が探していることをなぜ?」
「まってたの。フベンリヤをさがしている男の人がくるのを。
 フベンリヤがなにかはどうでもいいの。わたしがまっていたのは、
 それをさがしている男の人。そう、あなたをまっていたの」
少女の瞳の中に見えた光が、大人の女性のそれを思わせた。
「地図をちょうだい」

強い口調で僕に小さな手を差し出す少女。その真っ直ぐに伸ばされた腕に圧倒されるように、僕はリュックのポケットに折り畳んで入れてあった地図をプリントした紙を渡す。

「ありがとう。これで、夢が叶うわ」

そういうと少女はおもむろに紙をちぎりはじめ、空へと放り投げた。舞い降りてくる紙吹雪が、どんどんとピンクに色づき桜の花びらへと変わる。少女が花びらに包まれ、その姿が見えなくなる。そして、少女は消えた。

僕は慌てて降り積もった花びらをかき分けた。するとそこには一冊の絵本があった。真四角の絵本の表紙には一人の少女が幸せそうに微笑んでいる姿が描かれている。文字は書かれていない。ページをめくっても、単純な模様のような絵がいくつか描かれているだけだ。

その場にしゃがみ込んで考えてみるものの、答えは出ない。気がつくとすでに太陽は眠りにつき、月が優しい光で森を照らしていた。まん丸ではない、ほんの少しやせた月。もたれかかるのに適当な木を見つけ、絵本になった少女を胸に抱えながら僕は浅い眠りについた。

つづく



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