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坂本龍一作曲「ラストエンペラー」を完全分析!(主旋律 - その20)

その19からの続きです。今回分析するのはここ。


ここの旋律についてはすでに分析してあるので、今回は和声のほうを見ていきます。

見ての通りごく素朴な和声です。旋律(赤でドレミを書きこんだ音符)の四度下に和音を付けています。4度音程和音は西洋人がいうところの「東洋風」の響きです。

下段についてもオクターヴ・ユニゾンが基本で、トップの音に4度和音が付く、たとえば「ラ」がトップの音ならその4度下に「ミ」が付いて、そのもっと下に「ラ」の音がくるという組み立てです。

旋律と和声が(ほぼ)同じに上下しつつ進行していきます。たとえば旋律で「ラ」なら下段も「ラ・ラ」が鳴っています。違うのは上段は八分音符で歌われるのに対し、下段は四分音符ですね。おかげで重々しく響く。清王朝の重み、時代の趨勢についていけなくなった老巨象の足取り。しかし途中で旋律と同じ拍になるのは、老象のフィナーレというところでしょうか。


緑でマークしたところをご覧ください。

この「ラ ↗ レ ↗ ミ」進行は主旋律で使われたものと同じです。



同一モチーフが四回繰り返されて、和声進行が②では①と同じで、③で少し変わって、④でさらに進行して「ソ」に行くかなーと思わせて結局いかないの。


ところが今回分析しているパートでは「ミ ↗ ソ」と進むのです。「ソ」ですよ「ソ」。男らしさの象徴たるドミナント和音の基本「ソ」!(緑で括ったところ)

溥儀ついに男になるか!?と思わせてそうはいかない。上段をごらんください。

「ミ」がけいれん起こしていますね。ちなみにこの「ミ」といっしょに「シ」と「ソ」も鳴っている…そうですこの小節の和音は「ミ・ソ・シ」であってドミナント和音ではないのです。(緑の箇所)

そういえばひとつ前の小節も、よーく見ると

「ミ・ソ・シ・レ」和音ですね。溥儀は最後まで「ミ・ソ♯・シ」和音とも「ソ・シ・レ」和音とも、そのセヴンス化した和音とも無縁のまま生涯を終えるのです。

永遠の幼年皇帝として天に召される、そういう運命の主人公。


ところで青でドレミ表記した、この部分(緑で囲んだところ)の音符、いったいどういう意図で作曲者は選んだか、わかるでしょうか。

五音音階の音だと気づいた方には、百点満点で五十点さしあげます。

残り五十点を稼ぐには、ここにある音が五音音階「ラ・ド・レ・ミ・ソ」のうち「ド」が避けられていることに気づかないといけません。

もし気づいたようでしたら十点追加して六十点さしあげます。残り四十点を頑張って稼いでみましょう。

お手上げですかそうですか。

この「ラストエンペラーのテーマ」をはじめ龍一先生の楽曲は、旋律と和声進行が常に異なる調関係にあるという話を思い出してください。たとえば和声がC長調のときは旋律がG長調を奏でるのが彼の定石です。「ラ・ド・レ・ミ・ソ」の五音音階は、「ド」を除けば残り四つの音「ラ・レ・ミ・ソ」はC長調にも属するしG長調にも属するという、ぬえというかコウモリというか、アンドロギュヌスな音列です。

もういちど見てみましょう。

おお「ラ・レ・ミ・ソ」でできあがっていますね。実はこの四節全体がこの四音でできているのです。

旋律では「ド」が顔を見せるけれど、これは「ラ・ラ」和音における三度の音という建前で鳴っている「ド」です。


せっかくなのでさらに面白い点を挙げると、ここ。

四度音程の和音であることはすでに述べましたが、これ「ライオット・イン・ラゴス」でも使われている技です! 五音音階から逸脱した音が旋律に混じっているけれど全体としては五音音階を保つという技。作曲者そのひとが気づかないで使っている技。それが「ラストエンペラー」でも現れているのです!

ああそれから

上の和声は「ラ・ド・レ・ミ・ソ」の音オンリーですね。西洋人が好みそうな東洋風味をこれでもかーと押し出しています。オクターヴ・ユニゾンの威力でもってこれでもかーって。


そういえばここも五音音階の音で押し通していますね。もっともここでは「ド」は使わない。

「ラ・レ・ミ・ソ」の四音を和音に使うことで、溥儀(というか旋律)を調性のあいまいな空間に包み込んで終わるのです。「ド」が旋律には含まれているけれど、それは「ラ」を基音とする和音の構成音にすぎないとして、しっかり呑み込んでしまう。過ぎ去りし大王朝の、巨大な子宮・紫禁城に、溥儀の生涯を包み込むかのように。


ふう。これでようやく主旋律パート二周目の分析を終えました。この後、違う旋律パートに突入します。前に一度分析していますが、今度は和声がらみで再度分析していきます。

前回のぶんでは見落としていたものが取り上げられるかも?

こうご期待

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