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坂本龍一作曲「ラストエンペラー」を完全分析!(Love Theme その1)

ハリウッド映画では、いつの頃からか Love Theme をサウンドトラックに挿むようになりました。

こういうのとか。


映画「ゴッドファーザー」でとりわけ印象的な楽曲でした。しかしこれはテーマ曲ではありません。テーマ曲、ご紹介します。


「ゴッドファーザー」のメインテーマってこれなのですよ。Love Theme のほうが有名になって久しいわけですが。


映画「ラストエンペラー」にも Love Theme と呼んでいい楽曲があります。


劇中では五回使われるのでしたか。一回目は、3歳に満たない幼子・溥儀が、母親より引き離されるところ。二回目は乳母が城より追放されるのを必死に追いかけるところ。三回目は溥儀そのひとが城から追放されるところ、四回目は、救急車で去っていく皇后を溥儀が追いかけるところ、五回目は皇后が宮殿に戻ってくるもののアヘン中毒でもはや口もきけない有様に溥儀が愕然とするところ。

五回目のところは、ベルトルッチ監督が龍一にいわずに四回目のときの演奏を転用したんじゃないかって私は勘ぐっていますが、それは前に論じた気がするのでここでは省略します。

二回目のところ、見てみましょう。


溥儀、必死に追いかけます。別離のテーマとしてこの曲が使われていますが、映像的にはむしろ横移動を表す曲という気がします。

♪ ミレミラ~、レドレソ~、ミレミラ~、シドシミ~

この「~」は横移動を歌ったものだと思います。ゆえに「~」。


前回に引き続いて楽曲分析に入ります。これまで何度か紹介したように、本分析連載では、ある方が私のために用意してくださったシーケンサー再生用データ楽譜をもとに分析を続けてきました。私はずっとこれはピアノ曲集『05』収録、つまり作曲者監修のものだと思い込んでいましたが、昨日になってそうではないことに気づいて、自己嫌悪。思い込みって怖いですね。

これをじーっと眺めていて、音が違うと気づいたのです。

龍一監修のものではなく、違う方による採譜ですね。作曲者によるものを紹介します。

そういうわけでこの楽譜準拠で分析してきます。

以下の4小節ぶんを順に見ていきましょう。


いつものごとくドレミを書きこんでみるとですね、

どう解釈するかな? 作曲者そのひとは「F△7→Eⅿ7→F△7→Am」と解していて、映画公開当時のあるインタビューでもそんな風に説明していました。

しかし、私は違う解釈を取りたい。

一小節目は「レ・ファ・ラ・ド」和音に「ミ」が挿まれたものです。つまり「レ・ミ・ファ・ラ・ド」和音。作曲者は「F△7/C」と楽譜に記しているけれど、私の分析では「Dⅿ7(9)」ですね。

実際にここの冒頭2小節ぶんの旋律を、ドレミで歌ってみればわかります。

♪ ミレミラ~、レドレソ~

「ミレミラ~」では少し悲しげだったのが「レドレソ~」でほっとする感じがします。どうしてこういう変化が生じるのかというと、前者の旋律が「ミ・ファ・ラ」和音、後者が「ド・ミ・ソ」和音を骨格に置いているからです。

前者はマイナー和音、後者はメジャー和音だから、「ミレミラ~」では少し悲しげだったのが「レドレソ~」でほっとするのは、ごく自然なことなのです。

こういうとこんなツッコミを皆さんしたくなると思います。「ミレミラ~」なら「レ・ミ・ラ」和音であって「レ・ファ・ラ」和音じゃないじゃん、と。

しかし先ほど私が「レ・ファ・ラ・ド」和音に「ミ」が挿入されて云々と述べたことをどうか思い出してください。この「レ・ミ・ファ・ラ・ド」和音が「レ・ミ・ラ」と「ファ・ラ・ド」の二つに分解されたのが、これだとみます。(緑で括ったところ)

龍一先生のお気に入りの響きに、マイナー和音に②の音を混ぜるというのがあります。たとえば「レ・ファ・ラ」和音だったら②として「ミ」を混ぜるのです。弾いてみてください、少し屈折した響きがします。

ひとの感情は「悲しい」とか「嬉しい」とかの素朴な色分けは本来できないものです。「悲しさ」のなかに「嬉しさ」が混じることだってあります。ほかのものが混じることもざらです。マイナー和音に②を混ぜるとは、そういうことです。いかにも龍一的な屈折感の響き。


次の小節はどうでしょう。

ここは「ド・ミ・ソ・シ」和音に②の音として「レ」が挿まったものとみます。この「ド・レ・ミ・ソ・シ」和音が「ド・レ・ソ」と「ミ・ソ・シ」のふたつに分解されて、それぞれ上段と下段に配置されているのです。


ここは一小節目と同じですね。


ここでとんでもない裏技が使われています。

作曲者はここを「Am/E (9)」つまり「ラ・シ・ド・ミ」和音の転回形と記しているのですが…

それは違うと私はみます。ここは「ド・ミ・ソ・シ」和音の転回形と、「ラ・ド・ミ」和音+「シ」が順に連結しているのです。


順に説明します。ここが「ド・ミ・ソ・シ」和音の転回形です。

この作曲者はトニック和音への着地をしそうでしない和声進行がお好きな方で、その際に好んで使われるのが「ド・ミ・ソ・シ」和音をひねって「ミ・ソ・シ・ド」にした和音です。緑で括った上の部分も、この和音とみます。

ただ「ソ」の音がないのですよね。これには理由があります。この後「ラ・ド・ミ」和音を連結するためです。

下の緑で括ったところに注目!

ここ「ラ・ド・ミ」和音に「シ」が挿まったものです。先ほど述べた、マイナー和音に②の音(⑨の音ともいう)を混ぜ込んだ響き。


いいですか、もう一度説明します。下の部分は「ミ・シ・ド」和音なので、多少耳の肥えた方なら「ああ、龍ちゃんお得意の『ミ・ソ・シ・ド』和音だな」とにやりするところにですね…

龍さまは「それフェイクだよ~ん」とこんな音を仕掛けてくるのです。

「実は『ラ・シ・ド・ミ』和音だよーん」と。

このすごさ、わかるひとはわかるし、わかんないひとは一生わからないと思います。

どういう風にすごいのか、それは実際に鍵盤楽器でゆっくり弾いてみて耳で確かめてください。私の解説を読み返しながら、ゆっくりと。これでわからないようでしたら音楽の才能がないとどうか悟りをひらいてください。


わかんないですかそうですか。『SLAMDUNK』でいうと流川くんのフェイクシュートですよ。

このシュートについて、安西先生が主人公・花道(なぜかベンチにいるの)に問いかけます。「今、流川くんが何回フェイクを入れたかわかるかな?」 花道くんは「2回」と答える。すると「もうひとつ小さなフェイクを彼は入れているから3回だよ」

これに花道くん、衝撃を受けます。

安西先生が語り続ける。

「彼のプレイをよく見て…盗めるだけ盗みなさい そして彼の3倍練習する そうしないと… 到底彼に追いつけないよ」


柄にもなく語ってしまいました。実はここからが今回の本題です。先ほどお見せした、誤った採譜についてです。

間違って採譜されているのに、弾いてみるとそれほどおかしくは聞こえないのですよ。

順に見ていきましょう。

ここ「ファ」の音がないといけないのにないんですね。ないんですが、弾いてみると「ファ」が耳の奥で聞こえてきます。

ここの旋律は「レ・ミ・ラ」なので、③の音である「ファ」が(実際には鳴っていなくても)耳が補ってしまうのです。

下段の音は「ド」になっていますね。私の解釈ではこの小節は「レ・ファ・ラ・ド」和音(をひねったもの)なので、下段で「ド」が鳴ってもそんなにおかしくは聞こえないのです。作曲者がここを見たら「違う!」と怒るのでしょうけど、これはこれで成り立ってしまうのです。

採譜者はそこまで考えてそうしたのではなく、耳だけで音を拾って、自分でも気づかないままこの小節の本当の和音をつかんでいた…と好意的に解釈してあげても面白いかなーという気がします。


ここもそうです。下段で「シ」がこんな風にぽつんと鳴る様に、作曲者はきっと腹を立てるでしょうけど…

ここの和音は「ド・ミ・ソ・シ」を捻ったものとすれば「シ」がこんな風に鳴っていても、大間違いとまではいえないのではないか、というのが私の見解です。


それからここ。下段で「ミ」なのを作曲者は許さないと思うのですが、私なら大目に見るかもしれない。

・ソ・シ・ド」和音と思わせて実は「ラ・シ・ド・」和音だよーんとフェイクを仕掛けているのだとしたら、「」が下段にこういう風に配置されていても、それほど的外れではないのです。



つづく

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