見出し画像

短編小説|運べボール

 ナガモトがボールを左前方に蹴り出しすと、それに反応するように相手が右足を前に出した。ナガモトがボールの下をポンと蹴り上げると、相手は一瞬にしてボールを見失ってしまった。そして軽々と相手をかわし、何事も。するとすかさず二人の選手が立ちふさがり、示し合わせたようにスライディングでボールを奪いに来た。さすがのナガモトもこれはかわせず、急いで右サイドにいたダウアンにパスを出した。

 ダウアンは、体全体を使ってボールを受けるとそのままの流れで相手のゴール目がけて走り出した。相手チームのひとりが、誰にといわず両手足を振り回しながら激しい合図を送ったように見えた。それに反応したのかどうかは定かでないが、ダウアンの前には3人が立ちふさがり、スライディングで滑り込んでくるもの、ボールとダイマエの間に肩から入り込んでこようとするもの、そのまま頭から飛び込んでくるものとが一斉にしてボールを奪いにきた。

 しかし、すでにダウアンの足元にはボールが無かった。3人の相手はキョロキョロと辺りを探したが、完全にボールを見失ってしまったようでその場で立ち尽くしている。ボールはオアがいつの間にか拝借しており、気がつけばもう相手ゴールの前に移動していた。

 この緊急事態にすぐ気づいた相手方は一斉にオアを取り囲み、なりふりかまわずボールを奪いにきた。

 オアはこの期を逃さなかった。両顎でしっかりとボールを挟み込むと、左右の足で相手の体をよじ登り始めた。これはゴール確実かと思われた。しかし、3本目の足が相手の頭にさしかかったところで、後ろ足を両顎でがっちりと挟み込まれてしまった。

 もがくオアの元にナガモトが素早く近寄り、ボールを奪い取ると相手チーム全員の上をスルスルとゴールに向かって進みだした。相手はまだオアがボールを持っていると思い込んでいるようで、頭上を進むナガモトには誰も気づいていない。

 ナガモトはキーパーのいなくなったゴールに一直線に進む。と思われたが、そのままゴールをスルーして巣穴へとボールに模したチョコレートを持っていってしまった。

「ああ、またかよ」

 俺は両手で頭を抱えると、天井に向かって吠えた。頭をガシガシとかきむしっていると、研究室のドアが開いた。

「暇なんだね」

 同僚の佐々木が冷たい目でこちらを見ている。

「これだって立派な研究だよ。アリの行動原理にはまだまだ不明なところがあってだね、そのためにはあらゆる方面からの検証が必要であって……」
「はいはい。まあ、ワールドカップの真っ最中に研究室に缶詰にされたらこうなるよね」

 アリたちは次の食料を求めて、ピッチ上をウロウロしている。

この記事が参加している募集

#ほろ酔い文学

6,046件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?