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短編小説|スマホが鳴った

スマホが鳴った。

「今何してる?」
俺は、またか、と独り言を言った。
「今からメシ」
と簡単に返信してスマホを置こうとした、その瞬間すぐに返信が来た。
「何食べるの?」
俺はふたたびスマホを持ち上げて
「おにぎり」
とだけ打ちこんで送った。

今度こそスマホを置き、おにぎりのパッケージを開封する。ガサガサという音だけがする。この場所は実に静かである。集中するにはもってこいの場所だ。

スマホが鳴った。
「おにぎりだけ?」
おれはスマホを置いたまま、人差し指の先で
「あと水」
と返信した。

俺は昔から水が好きだ。おにぎりにはお茶だろう、という友達に何度も水の素晴らしさを教えたものだが、とうとう分かってくれることは無かった。確かにお茶もいいかもしれない。しかし、やはり水なのだ。水の奥底にある、ほのかな甘味がおにぎりには丁度いい。おにぎりの塩気と、水のほのかな甘味が合わさったとき、本当の旨味が引き出されるのだ。それに比べるとお茶は余計な味がしすぎる。だから水のほうが絶対に良いと言っていたのだが、あいつは今頃どうしているだろうか。

「おにぎりと水だけ? シンプルだね。こっちはこんな感じ」

テキストの下には、料理らしきものが大量に並べられた写真が貼り付けられてあった。どれも見たことがない料理だった。味の想像すらできない。美味いのか不味いのか。それすらも分からない。

確かに俺は料理にそこまで興味が無い。米があり、それに合う何かしらのおかずがあれば満足である。そうだな、納豆でもあれば死ぬまで満足できるだろう。まあだからといって、この塩おにぎりでは満足できないというわけでもない。これはこれで旨味の奥深さを感じることができる。

「ずいぶん豪華だな」

「そうでもないよ。いつもこんな感じ」

テキストの下には同じように写真が貼り付けられていたが、よく見ると先程とは違う写真のようだ。しかし、やはり俺にはどの料理も見たことがないものばかりだった。それどころか、どんな素材を使っているのかも分からない。スープと何かの丸焼き。それと何かの植物ということくらいしか分からない。

「美味しいのか」

「美味しいよ! だってね───」

ここからが長かった。どうやらまずい返信の仕方をしてしまったようだ。

「まずこの×××の丸焼きはね、×××の××を茹でて、××の頭と××と───」

ご丁寧に説明をしてくれるのだが、さっぱり分からない。

「そしてこの緑の××が××の樹齢六百年の×と××を混ぜて、×××から××したものを───」

聞いたこともない名称が、次から次へと出てくる。世界は広いということか。いや、宇宙は広いと言ったほうがいい。地球からの通信が途絶えてから、三週間ほど経った。宇宙船はコントロールを失い、時速2万7千キロのスピードで地球とは真逆に飛び続けている。スマホはとっくに圏外だったが、なぜか昨日からメッセージが届くようになった。

無音の空間でスマホの通知音だけが鳴り続ける。ひっきりなしに送られてくる長文を、俺はしばらく放置した。どうせ読んでも理解できない。



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