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掌編小説|シャンプー

周囲は暗く、身体の周りだけがなんとか分かる。立っているのか座っているのか寝ているのかも分からない。音は何もしない。試しに腕を動かしたが、衣擦れは闇に吸い込まれる。かすかに自分の体臭がする。暗闇で感じる自分の臭いはいつもと変わらない。柔軟剤の臭いと、昨日新しくしたシャンプーの臭い。やっぱり前のシャンプーに戻そう。「シャンプーは安物に限る」言ってみたものの、声は出なかった。しかしそれは衣擦れと同じだ。もしかすると、口も喉も動いたような気がしただけかもしれない。さっき、腕を動かせたと思ったのも気の所為だろうか。果たして自分はもう死んでいる、という可能性もある。死を超えると人は冷静になるらしい、という事を何かで読んだ気がする。しかしそれならばなぜ、嗅覚と視覚は残っているのだろう。そういうものなのかもしれない。霊体には視覚も嗅覚もあり、薄ぼんやりとした意識が残っている。だから霊として知り合いの元に出ることができるのだろう。いや待てよ、視覚があってもこれでは意味がない。周りが真っ暗ではないか。臭いだって自分の体臭しか感じない。しばらく待っていれば、開けた場所にでも移動できるのだろうか。分からない。やはりシャンプーは変えよう。

 ガラスケースの中には液体が並々と注がれている。その中心に、数十本のコードとセンサーらしき針が刺さっている脳が浮かんでいた。束ねたコードを辿っていくと大きなモニターがあり、そこには、脳が今考えているイメージと言葉がずらずらと映し出されている。こちらから話しかけることはできない。いったいどんなシャンプーなのか私は気になった。

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