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大超短編小説|ファッションセンス

 ふと、窓が気になった。
 手のひらでカーテンをどけると、暗闇に顔が浮かんでいる。随分と使い込まれたそれは、まぎれもない私の顔だった。その後ろにはガラスに反射した部屋が見える。時計は午前二時過ぎを指して、秒針が逆に動き続けていた。
 丑三つ時か、なんてことを考えていると死んだはずの母親が壁から現れた。さもそこに入り口があるかのように当たり前に入ってきた母親は、生前お気に入りだったヒョウ柄のセーターに白黒ボーダーのスカートを着ていた。死装束は絶対に嫌という、本人の強い希望によりその服装で棺桶に入ったのだったが、葬式の際、親戚の子供に「動物園みたい」と言われていたのを思い出した。
 特殊なファッションセンスを持ち合わせているくせに極度の人見知りなので、もしかするとあの世が気まずいのかもしれない。真っ白な死装束を着た死人だらけの中、ヒョウ柄のセーターを着た自分がぽつんと立っているのを想像すると背中が寒くなった。いや、もしかするとこれは母親の霊に対しての反応なのかもしれないのだが、すぐそこに自然と存在している母を眺めていると無性に話しかけたくなった。
 ねえ母さん、と言って振り返ってみたが部屋にはだれもいない。念のためにもう一度、母さん、と話しかけるがやはり反応は無かった。ところが、ガラスを見ると確かに母はそこにいる。私は、なるほど、と指を鳴らした。
 これはあれだ、幽霊のお約束のあれなのだ。見ようとすれば見れない、しかし見ないとすれば見えてしまうというあれだ。その現象が今、窓ガラスを介することによって起こっているのだろう。するとこのまま話しかければと思い、母さん、と三度声に出してみた。だが、しかしというべきかやはりというべきか、母は私の声に反応しなかった。こうして姿は見えるが、私がいる世界と母がいる世界は根本的に違うのかもしれない。今は何かしらの影響で干渉しあっているだろう。
 部屋を眺めている母を眺めていると、目が合った。母は今しがた私を見つけたように驚きの表情を浮かべている。さっきよりも、こちらとあちらの干渉具合が強まったような気がした。ああ、母の存在感を薄く感じる。安っぽい香水の香りが懐かしい。
 私の懐古的感覚が最高潮になったとき、母がニタリと笑った。
 すると突如として、壁の中からテレビで見たことのある有名なシリアルキラー、サイコパス、独裁者、マッドサイエンティストなどがわらわらと出てきた。
 彼らはみな、独特のファッションを身にまとっていた。

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