【短編小説】静かな図書館の片隅で 〔2,173文字〕
最近通い始めた図書館がある。
進学して新しい生活を送っている今、
少し静かな場所でくつろぎたいと考えていた時に
マップで口コミが多くかなり評判の良かった
この『まちなか図書館』に辿り着いた。
初めて足を踏み入れた時は平日で
まだお昼になっていなかったからか
口コミが多い割には館内に全然人が見られなかった。
最初はただ、良い雰囲気だし面白そうな本がないか
ぷらぷら歩いていただけだったが、何日も通っているうちに
毎回自分の目に止まる人がいることに気がついた。
「あの人は誰なんだろう」
本を探しているときや、本を借りるときに
わざと少し大きな物音を立ててみたり(周りに申し訳ないが)
ごほんと咳こみをしてみたりなどして
こちらをチラッとでもみてくれないだろうかと
変に期待したりしながら過ごしていた。
通い始めて5回目くらいか。
最初は落ち着く場所で過ごしたいと思っていた頭の中が
今ではあの女性と話したい、に変わっていた。
もうこれは、話しかけるしかない。
毎回あの人が図書館にいるのも理由があるかもしれない。
あの変に染められていない生まれながらの艶やかで細く長い髪、化粧をしているのかわからないくらいナチュラルで美しい顔立ち、何を読んでるのか気になってしまうくらい口角が柔らかくキュッと上がっている表情。どの角度から撮っても絶対モデルさんに見えるだろうなと考えてしまうくらいに本当に素敵な女性だった。
これが巷で言う一目惚れだというのか。
逆にこれまでは惚れられる立場がほとんどだったのに、
自分がいざするとなるとなんか負けたようで悔しい。
数ヶ月前の図書館に通っていなかった時の、何も
考えていなかった頃の僕には想像もつかないくらい
今は頭の中が1人の女性でいっぱいになって、自分でも
(その人が気になりすぎて)ストーカーになってしまわないか
心配になってしまうほどだった。
そうなる前に普通に話しかけようと決心して
その為だけに図書館へ向かったのが、
初めて来た時から数えて6回目。
今日、その人と何をどんな表情しながら話そうかと考えて
緊張して、へんに興奮して、そしてそれを楽しみにしている
自分をちょっと気持ち悪いと思いながら入り口に向かった。
今は平日10時。
この図書館を初めて見つけた時と同じタイミング。
受付の図書館司書さんにぺこっと会釈し、
いつもその女性が座っている机が見えるところまで静かに移動する。
あと数十センチで姿を見れるか、というところで
息が上がってきた。今1番めっちゃ緊張してるんだ。
ゆっくりすり足で進み
まずチラッと横目で見てみた。
あれ、、、いない。
普通にいるだろうと思っていたからとても拍子抜けした。
なんか、勢いよく魂が抜けたようにも感じた。
悔しい。絶対話すって決めて来たんだ。
テスト前なのに自宅で勉強をサボって
あの人と会えることを期待して図書館へ来たのに
まさか今日いないなんて。。
まだ18歳の少年には軽く失恋したようなこの感情がすごく気持ち悪かった。
受付の人に聞いてみようか、
「すみません。あの、いつも来てたロング髪の女性、今日はいないんですか?」
「へっ?」と、何言ってんだこいつって感じの目で見られる。なんか痛い。
「あぁ、すみません。ちょっとあの人と話してみたいなって思ってたんで。いつも居たのに」
「あぁ」
何かを悟ったように目を細めてこちらを見つめる受付の人は、
ゆっくり椅子を座り直して僕にこう言った
「お兄さん、あの人のこと綺麗だって思って一目惚れしたんでしょ。
あの人とても上品で私でも惚れちゃいそうだわっ。」
最初はニヤニヤしながら普通に話していたけど、
いきなり周りを気にし始めたようにチラチラ首を動かし、
人が近くにいないことを確認したと思ったら、ガタッと椅子から
立ってカウンターから身を乗り出し「耳を貸して」と小声で僕に言ってきた。
「あの人、結婚するのよ。この前ちょろっと話したんだけど、
会社を寿退社して新しい土地に行くその日までこの図書館を
毎日使わせて欲しいって。
丁度昨日、今まで有り難う御座いましたって律儀に言いにきたわ。」
な、、るほど。
結婚するために、その日までの空いた時間を潰そうと
この図書館に来ていたのか。…『結婚する』。
一目惚れしたばかりの僕にとってこの言葉は
一瞬で恋愛の意思を戦意喪失させるために最善の一言だった。
そうなのか。おめでたい。
ちょっと心が苦しい気がしたけど。
その後司書さんとその女性についてわいわいと
話し合っていた。
見ただけで惚れちゃうとか青春ね〜とかいじられたりしたけど、
笑ってくれて良かった。変に、かなり本気だったとか信じ込まれてしまっても僕が困る気がしたから。
また来ます、と笑顔で挨拶し
背中からおろしていたリュックをまた背負い直して
出口へ向かった。
進学して初っ端大人の恋愛を少し知った気がしたと、
自分の恋愛の経験値が上がったように感じて
少し鼻の下が伸びた。かゆいかゆい。
まぁ、完全に勝手に期待していた僕の敗北ってことで
他の人には大抵言えるような内容じゃないけど。
ひとときの甘い思い出だった。
なんか気持ちよく吹っ切れることができて
また勉強に集中しようと思えた。
2学期からはまた別の楽しい恋愛してやるもん!と
半分冗談、半分本気の目標を心に決め
真昼の清々しい太陽の陽の下、秋前の少し冷たく感じる風を
堂々と切るようにして歩きながら家へ向かっていった。
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