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【連載小説④‐2】 春に成る/波音の珈琲

< 前回までのあらすじ >
父に紹介されたの涼のことをもっと知りたい、そして自分のことも知ってほしいという気持ちになった遥。自分を知ってもらうなら、マスターのいる『ベル』に一緒に行きたいと思う。

春に成る/波音の珈琲

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

波音の珈琲(2)


「そういうわけで、今度、涼さんと『ベル』へ来ても良いですか?」

マスターはカップを拭きながら、にっこり微笑んで「もちろん」と快諾してくれた。

「良かった。『ベル』を紹介できることも嬉しいけど……まだ緊張すると思うので、マスターがいてくれる『ベル』だと、安心して緊張が和らぐ気がするんです」

少し手を止めて、ふわりと微笑む姿に、また気持ちが和らぐ。目の前の空っぽになった珈琲カップを、見つめながら呟いた。

「両親にどうだったかとか、良い人だったかって聞かれたんですけど……良い人かどうかなんて、ちょっと会っただけじゃ、全然分からないです。そもそも私に、人を見る目なんてあるかどうか……」

苦笑いを浮かべると、マスターが口角をクッと上げた。

「そうですねぇ、先程安心すると言って下さいましたが、もしかしたら、私が悪い人かもしれませんしね?」

マスターが、悪い人? 思ってもみなかった言葉に、今までの思い出が頭を巡った。

ゆるやかなジャズ
珈琲の香り

「……私は、今までにマスターから温かいものばかりを受け取って来たんです。『ベル』自体が温かい場所で、温かい笑顔で迎えてくれて……『ベル』でパワーもらって踏ん張れていること、多くて。だから私にとっては、悪い人なんかじゃないです」

一瞬、時が止まったように動かなくなったマスターを見て、きっと変なことを言ってしまったんだと、慌てて発言を見直そうと頭を動かす。

「……ありがとう」

突然、マスターから敬語が消えた事に驚きすぎて、何の「ありがとう」なのか分からなくなった。でも、何だかすごく嬉しかった。

「相手が何を発信していたとしても、何が起こったとしても、自分がどう受け取るかで、今後を変えて行くことができるんです。遥さんなら、自分が進んで行けるように受け取れますね、きっと」

マスターの柔らかい笑顔に包まれた。


涼さんには、事前に『ベル』について詳しく話しはしなかった。何の情報もない状態で素敵だと思ってもらってから、改めて話したかった。

いつもは一人でカウンターに座るけれど、初めて奥のテーブル席に座った。カウンターがほとんど見えない『ベル』の景色は、いつもと違ってなんだか違うお店に来たような気分。ちょっとソワソワしていたけれど、涼さんは、もっとソワソワして見えた。

「レトロな喫茶店も、今人気ありますよね。遥さん、お任せなんてすごいですね。僕も、そうすれば良かったかな。珈琲、詳しくなくて、何となく『季節の珈琲』頼んだんですけど、飲んだことありますか?」

「はい、美味しかったですよ。私も詳しくないですけど、ここの珈琲はちょっと違うと思うので、紹介したくて」

「そうなんですね! あ、もしかして、毎朝珈琲飲んでますか?」

「はい、インスタントのですけど」

「いいですね。今まで朝、和食だったんで、珈琲の香りで目覚めて、奥さんと朝食を食べるって憧れで」

前回と同じように、つられて笑顔になる。もっと涼さんを知りたい……それなのに、前回も感じていた違和感。結婚を連想させる言葉を発する度に、体が固くなる。うまく言えないけど、もう一人の自分が、片手を広げて真っ直ぐ前に突き出しているような……あの有名なアニメの雪の女王が、魔法を出す時みたいに。

……え、何で? 自分自身に邪魔されるような感覚に戸惑っていると、珈琲が運ばれてくる。

「いただきます」

一口飲んで、パっと目が大きくなる。

「美味しい!」

心から美味しいと思ってくれているのが伝わり、嬉しくなる。マスターも去り際に振り返って微笑んでいた。ところが、もう一口飲んだ後、表情が固まり、少し止まった。

「涼さん?」

「……あ、すみません。美味しくて、ビックリしちゃいました」

そう言って笑ったけれど、何か違う気がした。私も珈琲カップに口をつけた。

波打ち際にいるような円やかさを感じた。とても心地良いはずなのに、押しては返される波は今の私みたい。

「あの、この後って時間ありますか?」

「はい、大丈夫ですよ」

マスターに聞かれると恥ずかしいので、この後、別の場所で『ベル』と私について、話したいと思ってたから、明るく答えた。

「今度、同期が結婚する事になって……これから、お祝いを一緒に、選びに行ってもらえませんか?」

固まる私の耳に、波音が響いた気がした。

***

帰ってきても、モヤモヤした気持ちは晴れなかった。

早く結婚をして、周りや自分を安心させたい。

それは、そう。たぶん、涼さんも早く結婚したいんだと思う。

涼さんは悪い人じゃない、何も問題ないはずなのに、踏み出せない。

その時、机の上で震えた画面に親友の名前が表示された。

④wave coffee

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※見出し画像は、斜芭 萌葱様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。

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