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江戸使節団のデジタル追跡 パナマ地峡を渡ったサムライたちの旅  第四話

4.パナマ地峡鉄道 アマチュア研究者との情報交換から(Facebookの活用)

 第一話でご紹介したように、この趣味の歴史研究のきっかけは1992年の パナマ日本人学校での学習発表会がきっかけでした。その事前調査に6年生児童3名と一緒に校外学習で訪れた、「パナマ歴史博物館」
 ここの展示資料からお話しをスタートしましょう。

MUSEO DE HISTORIA DE PANAMA パナマ歴史博物館

館内の「パナマ地峡鉄道コーナー」の展示物です。許可を得て撮影しまた。



 学習発表会では、①パナマ地峡鉄道の古いレールであろう。②当時のパナマ駅の様子を描いた銅版画であろう。③古い時代のパナマ鉄道駅を中心とした地図であろう・・・・。発表できる内容はここまででした。(色調整も出来ず、スライド発表の時の色はこのまま)
 
 学習発表会での発表は、私にとって一つの挑戦でした。これらの資料は、1860年頃の遣米使節団がパナマ地峡鉄道を利用した時の物で正しいのか?疑問は深まるばかりでした。そして、まるで長いトンネルに迷い込んだかのように、そして、その謎はお蔵入りに。
 
 しかし、時は流れ、IT時代の到来が新たな扉を開きました。鉄道オタクの私が、現在パナマ市に住むアマチュア研究家 Sr. Nodier GarciaさんとFacebookで繋がったのです。AI翻訳を駆使し、両国の「鉄オタ」たちによるデジタル追跡の旅が始まりました。この旅は、ただの情報収集ではなく、歴史の謎を解き明かす冒険でもあったのです。

① いよいよFacebookの出番 上陸地点と旧パナマ駅
 Sr. Nodier Garciaさんにこれまでの趣味の歴史研究の経緯をお知らせし、まず、歴史上初めてパナマと日本の「異文化」が遭遇した場所を特定する作業に入りました。具体的には、当時のパナマ駅や使節団一行が上陸した埠頭の状況を明らかにすることです。さらに、現在のパナマ市のどの辺りなのかも探ることにしました。
 時折、チャット機能を使っての会話で「鉄オタ」話にも話が弾みました。スペイン語でのチャットですので、AI翻訳機能を使う私の方がどうしてもレスポンスが遅くなってしまいます。一番の障壁は14時間の時差でした。日本時間の午前11時から午後1時が両者のゴールデンタイムです。しかし、情報の質と量では、チャットよりもメールの方が便利でした。江戸のサムライたちには考えも及ばないタイムトンネルですね。
 
話題を「デジタル追跡」に戻しましょう。
 その後、彼とのメールのやりとりが何度かありました。その結果、江戸の使節団一行が上陸した埠頭と列車に乗り込んだパナマ駅の場所が特定できたのでした。この場所です。

埠頭に近い旧パナマ駅跡地
ポーハタン号停泊位置より埠頭まで 約2km

 Sr. Nodier Garcia氏は、La Biblioteca Roberto F. Chiario de la Autoridad del Canal de Panamá (パナマ運河庁のロベルト・F・キアリオ図書館)に実際に訪問したり、ネットでMickey Sánchez学士の「パナマ湾の埠頭」という報告書を発見したりして、パナマと日本の「異文化の遭遇地点」を導き出してくれました。
改めて、親しみを込めて「パナマの鉄道オタク」Sr. Nodier Garcia氏にMuchas gracias!(ありがとうございました。)


では、根拠となった複数の資料を紹介していきましょう。
Mickey Sánchez学士の「パナマ湾の埠頭の研究」報告書には、重要な記述と画像がありました。

パナマ湾の4つの埠頭 
左から、財政埠頭、イギリス式埠頭、フランス式埠頭、漁師埠頭

 その中でも、「イギリス式埠頭」の記述に、「1855年にアメリカ人によって建設された。その敷地内には、最初のパナマ鉄道駅とその作業場があった(現在、バルボア通りのサン・フェリペ・ネリー市場の隣にあるコチェス社)。 最初の駅の建物は木造で、金属板の屋根は丸天井の形をしていた。」との記述がありました。
  さらに、財政埠頭は、2010年12月、シンタ・コステラ第2期工事のために取り壊されたという記載もありました。
 続いて

丸天井のパナマ駅 奥にも 丸天井の形の建築物


中央にRail Road Station の表記があり、北西に延びる線路が描かれている

念のため、1992年にパナマ歴史博物館の「パナマ地峡鉄道コーナー」で私が撮影した写真をレタッチ処理してみました。

パナマ駅の絵は同一の画像 地図は、南北が異なっていますが、位置関係は同じでした。

 加えて、Sr. Nodier Garcia氏は、前述のパナマ運河庁のロベルト・F・キアリオ図書館でパナマ地峡鉄道の歴史を調べる中で、公式文書で、「パナマ市の最初の鉄道駅は、1855年の開業から1884年まで営業していた。」ことを確認しています。
 
さらに、数週間後決定的なメールが届きました。


1855年 アンコン丘から見たパナマ市
 画像の左側に太平洋の終着駅(パナマ駅)と屋根付きの埠頭が見える


下の2枚は、1875年にイギリス人のアードワード・マイブリッジ(Eardweard Muybridge)が中米を航海した際に撮影したもの

写真の右端にイギリス埠頭とパナマ駅が写っている
アンコン丘からの俯瞰写真 
拡大写真 屋根付きのイギリス埠頭と丸天井のパナマ駅

さらに、
1880年にセオドア・ダ・サブラ(Theodore da Sabla)によって撮影された写真

パナマ湾、埠頭、パナマ鉄道駅

 写真には、1860年に日本の使節団が到着したイギリスの埠頭、そのすぐ後ろにあるフランスの埠頭、そして写真中央の丸い屋根の建物、パナマ鉄道駅が写っている。
 
出典:パナマ運河庁のロドルフォ・キアリ図書館のサイト(El sitio de la Biblioteca Rodolfo Chiari de la Autoridad del Canal de Panamá)
 
これらの情報をタイムラインでまとめてみると、1855年にパナマ地峡鉄道開業、同年のアンコン丘からの俯瞰図、1860年日本の遣米使節団パナマに上陸、1875年にイギリス人のアードワード・マイブリッジが2枚の写真を撮影、1880年にセオドア・ダ・サブラがパナマ湾を撮影、1884年まで初代パナマ駅舎を利用。2代目のパナマ駅は1885年から1913年まで営業。以上のような時の流れとなる。
 
1860年に遣米使節団がこの地点に上陸したという推測に、矛盾点を見つけることが出来ないのではないか。

 
 日本の遣米使節団の複数の記録からも、この時の描写を読み取ることができる。
 
万延元年遣米使節団 副使 村垣範正 「遣米使節日記」より
この街市はホノルルにも劣りて人家少なく、いと麁(そ)なる家なり。波止場に大なる屋根有りて、川蒸気船直ちに着きたり。此屋に蒸気車あり。見物人多数、銃卒出て制したり。
 
小栗忠順の従者 佐藤藤七の記録「航海日記」より
4月25日晴 朝五時ポーハタンを辞し小き蒸気船に乗し「パナマ」に着岸す「ポーハタン」米利堅軍船の来泊する者
一隻共に祝鉋す着岸処は木材を以て長橋の如く海中に築き出したる処也見物の人群集し往来路を
塞ぐ領主の衛卒数百銃を持ってこれを制す行くこと半丁斗 (約50数m)にして直ちに蒸気車に乗す
 
 木村鉄太の記録「航米記」では

原文のまま記載

上記のように、日本側の記録からも使節団一行のポーハタン号下船からパナマ駅までの状況が詳細に解明できた。
 個人的には、まるで映画のワンシーンを見たような感動さえ覚える。あの、パナマ湾に流れる潮の香りと温かい南国の風を思い出した。
 
 この旅のストーリーを知らない人にとっては、これらの画像は何気ないモノクロ風景にしか映らないかもしれません。しかし、これらの画像を見つけ出したSr. Nodier Garcia氏と、この画像を太平洋のはるか対岸でデジタル画像として目にした私にとっては、「驚嘆」「感動」そのものでした。まさしく、160年以上の時空を越えたパナマと日本の異文化の遭遇地点を探す冒険旅行でした。IT技術は、時を越え、言葉の壁を越え、海を越え、歴史を紐解く仲間となりました。
 まだ、私たちの旅はスタート地点に立ったばかりです。今回はここまで。

お別れに、パナマ上陸前にポーハタン号から眺めた、1860年パナマ湾の漁師さんのスケッチ画をご覧下さい

絵:木村鉄太

新たな冒険は、第五話に続きます。
次は、

②  パナマ地峡鉄道の旅 驚愕の蒸気機関車 (Facebookの活用)


感謝 Muchas gracias!
 
研究協力者:Colaboradores en la investigación:
Sr. Nodier Garcia

出典:Fuente:
小栗忠順の従者 佐藤藤七の記録「航海日記」© 東善寺
小栗忠順の従者 通訳 木村鉄太の記録「航米記」© 青潮社
万延元年遣米使節団 副使 村垣範正「遣米使節日記 復刻版」© 日米協会 
山本厚子「パナマから消えた日本人」 ©山手書房社 

画像提供:Imagen cortesía:
El sitio de la Biblioteca Rodolfo Chiari de la Autoridad del Canal de Panamá
Lic. Mickey Sánchez
Sr. Eardweard Muybridge
Sr. Theodore da Sabla

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