見出し画像

思い出の復元

🎹
高校三年の夏休み、音楽学部を志望していた私達は、志望大学で行われる受験生用の夏期講習に参加していた。


1.高校三年生


私は自宅から二時間かかる、古い洋館の立ち並ぶその大学に、異常なくらいの憧れを抱いていた。

ここの扉は、絶対にこじ開ける!

18の私は、この扉の向こうに新しい自分が待っているような気がして、強くこの大学を希望していた。

今思えば、自分のどこにそんな強い気持ちが宿っていたのだろう?と不思議になるくらい、今の私は流されるがままだ。

この夏期講習の一日目の朝、私は彼女と出会った。

といっても一方的に私が、なんだか後光がさしているように見えた、美しく背筋の伸びた彼女に目を奪われていただけで、彼女の方はきっと私には気づいてはいなかっただろう。

夏期講習の間、ずっと気にはなっていたが、お互い別の友人と一緒に参加していたこともあって、私が彼女と話すことはなかった。



冬になり、受験が終わり、諸々あり私はその大学の扉を開け損なって、彼女と同級生になるチャンスを失ってしまった。

そう思っていた。



2.浪人生


春になり、その音楽学部に通い始めた友人に、去年の夏に見たあの子はいない?とたずねたりもしてみたが、はっきりとしたことは分からずだった。


秋になった。

わき目も触れず浪人生活を送っていた私の前に、再び彼女は現れた。


音楽学部には門下というのがあって、志望大学の教授に入学前からついて、教えを乞う。

大学に入るまでは先生のお宅へ伺って、レッスンを受ける。

私がついていた教授の門下生の中には、いないはずの彼女がその日、私のレッスンが終わるのを待っていた。

教授の家のほの暗いピアノルームにあった、小さなソファーに彼女は腰をかけ、自分のレッスンを待っていたのだ。


「彼女ね、今年からうちに来たの、あなたと同じ浪人生よ」

「へぇーそうだったんですね!よろしくお願いします(^▽^)/」


私は彼女に微笑みながら、その心の中は、何かがぴょんぴょんと弾んでいるのを感じていた。

嬉しかった。



3.大学一回生


門下生同士は、大学に入ってもだいたいそのまま同じ教授について、入学後も何かと行動が一緒になる。

一回生の夏休み、私達は共に門下旅行でヨーロッパ研修に行った。

一緒にエッフェル塔にも上った。階段で(笑)

フランス語が全く分からず、適当に注文した塩気を全く感じないステーキを、二人で顔をしかめながら食べた。



ピアノにだけスポットライトの当たった、ほの暗い教授の家で、私たちが初めて言葉を交わした日を、彼女は手紙でこう綴っている。


「私たちが初めて会ったあの日、お互いがクスってわらった瞬間、なにか心と心で笑った気がしたの。レナ蔵の心が私の目の前に広がって、そして私の心に届いた気がしたのよ」 と。

芸術系に進む女子らしい、19歳の瑞々しい感性とまっすぐな表現。
五線紙の裏に書かれたこの手紙を読むと、今でも私は眩しくて少しクラクラする。

私達はそれから何度となく、手紙を交換した。
メールもLINEもない時代だった。



昔から思い出の品にあまり執着のない私だが、彼女の文字だけは小さなメモに至るまで、30年経った今も捨てられずにいる。


そう、彼女は三回生の冬、この世を去った。


※彼女とお別れした時のことを綴っています⬆️



3.大学三回生


ピアノ科の三回生の課題は、二台のピアノによるコンチェルトのリサイタルだった。
私達は互いの演奏の、第二ピアノを買って出た。

彼女が亡くなる数ヶ月前の話だ。

私が選んだのは、幼少のころから大好きだった曲、バッハのピアノコンチェルト第1番。
彼女が選んだのは、シューマンのピアノコンチェルトだった。


リハーサル室での演奏を、二人で何度か録音した。
かすかな笑い声も入っている。

カセットデッキを手放した後も、このカセットテープだけは手放せなかった。



4.三十年後の現在


三十年経ってこの夏、カセットテープをデジタルデータにすることを決めた。

今私は終活をしながら、ブログも書くようになって、自分史を辿っている。

そんな中、時を経て、やっと彼女との三年間の思い出を振り返るところまで来た。


戻ってきたデジタルデータは、ちょっとヨレヨレっとテープの劣化を感じるところはあるものの、重なり合う音がはっきりと蘇っていた。


涙の向こうにくっきりと、彼女が生きていたことを感じることが出来た。


これできっと、私が生きている間はこの音を忘れることはないだろう。

漸く一つ、大きな思い出仕事を終えたような気持ちになった。


力になってくれた人達に、心からありがとう!と言いたい。


今回ダビングをお願いした業者さんはこちら👇。
時間はかかるが、丁寧に対応していただけた。


みなさんも復元させたい、思い出のビデオテープやカセットテープがあったら是非!


モノは手放し思い出は永久保存版に出来る、最高の方法だったと思っている。

こんなに心が温まるとは。


終活のモノとの向き合い方の参考になれば、嬉しいなと思う。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?