【本の処方】「時間がたっていく寂しさ。道が別れてゆく寂しさ」
ぼんやりと寂しいときがある。動けないほどではないけれど、しんみりしている。元気すぎるものとは少し距離を取りたい。そんな心におすすめしたい一冊。
ほのかな温もりと癒しが欲しいときの処方箋本です。
「ハードボイルド/ハードラック」(幻冬舎)著者:吉本ばなな
歪んだ時間の中で亡くした恋人を妙に思い出す「ハードボイルド」、脳死の姉を受け入れていく「ハードラック」の2つの物語。
身近な人の死をテーマに描くことが多い、よしもとばななさん。今回も小さな焚火のよう、消した後もしばらく温かいように、読後もほんわりと胸に残る。
逝く人と残された人。残された側の後悔や罪悪感は、少し傲慢でさみしさは深い。泣いて、進んでしゃがみこんで…なおも生きていかなければならない者のやるせなさは、どうしたって言葉にできない。
わたしも家族を亡くしている。言葉にならずにそっと時間というベールを重ねて、白んでいったさみしさが胸の底にある。
「死は悲しくない。感傷にのみこまれて息ができなくなるのが、苦しい。」
著者はこの「さみしさ」を、柔らかくひも解いていく。程よい湿度のある文体と、落ち着いた語り口。夜中に似た浮遊感が、さみしくもどこか温かい。
代弁されて姿を現したさみしさが、彼女の柔らかい雨をうけて、土に還る……そんな、カタルシス(自浄作用)を感じる。
* * * * *
「小さなことが胸に突きささる。このところ私の世界はまるで失恋した時のような感受性だった」
「死にかけた姿でも姉の肉体に会いたいと、自分が思っていたことにあらためて気づいた」
「ハードラック」では「大切な人の死を受け入れる時間」が描かれるが、その想いや行動ひとつひとつに、いちいち共感する。ああそうだ、そうだった、そうなんだよ、と。
こんなふうに誰も言ってくれなかった。でも言ってくれるわけないんだ。こんなに繊細で深くて、他人には分かり得ないこと。
「ハードラック」ではもういない恋人との時間が、ふしぎな透明感で描かれる。「もう会えない」を、遠く体感する物語。
よしもとばななさんは、「心」を表現してくれる人だと思う。
ぱきっと元気ではない心に、ぼんやりとした内容が心地よく、合間に魅力的な表現もたくさんあり、読後に小さなひかりも感じられる作品です。
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