見出し画像

2023年11月読書記録 志賀直哉と川端康成など

 今週の初めに、一泊二日で日光に行ってきました(写真は田母沢御用邸の紅葉です)。ツイッターでフォローしている方々が旅先にも本を持参なさっていて。素敵な習慣だなーと思って、Kindle端末を持って行ったのですが、旅館のストリーミングにあった映画『ザ・フラッシュ』を観てしまったので、Kindleを立ち上げる暇はなし。
 『ザ・フラッシュ』もよかったですけどね。主役のエズラ・ミラーがうまい。エズラは『少年は残酷な弓を射る』の息子役も忘れがたいですし、『ウォールフラワー』もよくある青春映画なのに、エズラたちの演技力のおかげでおばさんの私でも感動できました。最近トラブル続きですが、立ち直って、更なる活躍をしてほしいです。

 さて、11月は小説7冊を読みました。今回は、青空文庫以外の4冊について。

上田秋成『雨月物語・現代語訳付き』(角川ソフィア文庫)

 村上春樹さんの『海辺のカフカ』に影響を与えた作品と知り、現代語訳を読んでみました。怪異小説集だと思っていたのですが、そこまで異世界の話という気はしなくて、現実の延長線のような…と感じるのは、村上さんの小説をはじめ、ガルシア=マルケスの小説など、現実と非現実の境が曖昧な作品に慣れ親しんでいるせいかもしれません。
 先日読んだ『今昔物語』に元ネタがある短編も見受けられましたし、解説によると、どの短編も先行作品があるようです。江戸時代の人たちはそうした先行作品のことも理解した上で『雨月物語』を読んだようですが、今それができるのは、国文学の研究者ぐらいでしょうか。
 村上さんへの影響という点では、『海辺のカフカ』だけでなく、他の小説の雰囲気や世界観にも強い影響を与えている気がしました。
 とても美しく、繊細な物語なので、できれば現代語訳ではなく、原文で読みたかったですが…。村上さんの小説が好きな方には特におすすめしたいです。


スタインベック『ハツカネズミと人間』(齊藤昇訳・講談社文庫)

 新訳が出たので再読しました。スタインベックは映画にもなった『エデンの東』をはじめとして、20世紀前半のアメリカの農民を書いた小説で有名です。この小説には、地主に雇われて農作業をする男たちが登場します。いつか自分の農場を持つことを夢見ながらも、やっと手にしたはした金を酒や女に使ってしまう男たち。19世紀後半の『大草原の小さな家』で描かれるような、努力さえすれば誰でも自分の土地が持てる(少なくとも、そんな夢を持てた)時代は終わり、現代まで続く、這い上がりたくても這い上がれず、辛い日々を生きるしかない時代が始まっていたのですね。
 そうした時代の雰囲気がよくわかる作品ですが、それとは別に普遍的な部分もあります。人に降りかかる悲劇には色んな種類がありますが、「あの時、あの人に会わなければ」という悲劇もありますよね。例えば、それまで普通に働いていた人が、合わない上司の下で働くことになったせいで、病んでしまうとか。そんな風に、一人または少人数の人間がトリガーになって起きる悲劇を書いた小説でもあります。再読なので結末を知っているのに、読み進めるのが辛い作品でした。


 今青空文庫を時代順に読んでいますが、大正期になると、著作権が残っているため青空文庫入りしていない作家が出てきます。1968年以降に亡くなった方々ですね。そうした作家の小説も少しずつ読んでいきたいです。まずは大物二人、川端康成と志賀直哉から。


川端康成『千羽鶴』(新潮文庫)

 「千羽鶴」と続編の「波千鳥」(未完)が収録されています。去年読んで好きになった『みづうみ』と同系統のダークな作風と知って読んでみましたが、ちょっとダークさに欠け、幻想度合いも低めかも。
 謎めいた存在であってほしいヒロインが、主人公に送る手紙で自分の気持ちを吐露するんですね。そのために、「あら、彼女も案外普通の女性だな」と思えてしまって。手紙を書く時も演技を忘れない谷崎の女性たちのようであってほしかった。
 ただ、そんな風に感じるのは、私が濃く、ある意味変態的とさえも言える作品が好きだからだと思います。『みづうみ』の感想を書いた時、同世代の方に「ちょっとついていけない作風でした」的な感想をもらいました。『伊豆の踊り子』とは違うタイプの川端作品も読みたいけど、濃厚すぎるのは…とためらう方におすすめしたい作品です。


志賀直哉『和解・小僧の神様他13篇』(講談社文庫)

 小五の夏休みの宿題が新潮文庫の志賀直哉の短編集『清兵衛と瓢箪・網走まで』を読むことでした。今思うと、小五には渋すぎる宿題ですよね。中学受験の塾では戦前の名作や教養小説(『次郎物語』など)を読んでいましたが、それと比べても退屈な話だと思いながら読みました。
 当時好きだったのは、「クローディアスの日記」です。シェイクスピアの「ハムレット」を伯父のクローディアスの側から書いた作品。悪役視点の話が好きだったとは、当時から物事を斜めに見る子だったようです。それ以外の短編のことはほとんど記憶にありません。その後も特に読む気が起きませんでした。
 ところが、村上春樹さんが英語版の芥川龍之介短編集の前書きに、九人の国民作家を挙げていらっしゃったんですね。漱石、鷗外、芥川、島崎藤村、谷崎、志賀直哉、川端、太宰、三島という。九人のうち、島崎藤村は苦手で(小説に道徳や倫理を求めない私でも、姪を妊娠させてフランスに逃げ出した藤村には嫌悪感しかありません)、三島は今後読みたい作家ですが、志賀直哉も村上さんがわざわざ名前を挙げているので、読み直してみようと思い立ちました。
 結果、とても面白かったです。志賀本人がかなりの変人…神経質で激昂しやすく、逆にその場の空気に染まって楽しく高揚できることもあり。潔癖症、気分屋、人を安易に許せないところなどもある。でも、作者本人にとっては、そういう自分が当たり前の存在なので、あくまでも自分の視点で淡々と物語を紡いでいきます。最初は独特すぎる作者の視点に少し違和感があるのですが、一度志賀の世界に入り込むと、嘘のない、簡潔でありながら深い描写に魅入られることになります。
 決してストーリーテラーではないのですが、「小説の神様」と言われるのもわかる読後感でした。


この記事が参加している募集

読書感想文

海外文学のススメ

読んでくださってありがとうございます。コメントや感想をいただけると嬉しいです。