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魅力的な脇役たち 与謝野晶子訳『源氏物語』 後篇 【青空文庫を読む】

 前回書いたように、現代語訳や翻案を繰り返し読むぐらいに『源氏物語』が好きなのですが、実は、主人公の光源氏をそこまで好きなわけではないんですね。
 嫌いではないですが、そんなに思い入れはない。私には、明るすぎ、王道すぎる主人公なので。
 光なりに、苦労はしているのですが。母親と早くに死に別れたり、こじらせ気味の恋愛を繰り返したり。手を出してはいけない女性との関係がバレて、須磨に逃げたりもしています。でも、京に復帰した後の源氏は、全てにおいてパーフェクトで、何をやってもうまくいくし、何をやらせてもソツがない。とはいえ、若い妻に不倫されたり、最愛の人に先立たれたりもしている…こうやって書いてみると、結構苦労人ですね。そんな源氏を「王道すぎる主人公だ」と斜めに見てしまう自分の性格が悪いのかもしれないと思えてきました。

 とはいえ、『源氏物語』には、魅力的な脇役が大勢いますし、彼らに注目することで、授業で教わったのとはまた別の読み方ができるような気がします。
 ということで、私のお気に入りの脇役たちを挙げてみます(脇役といえば、ドラマ『バイプレイヤーズ』、面白いですよね)。

葵の上
 源氏の正室。政略結婚した浮気な夫との仲は険悪で、実家もごちゃごちゃ言ってきて。ーーという彼女の背景には、現代にも通じるものがあり、つい応援してしまいます。やっと夫と心を通わせることができたと思ったら…。

朝顔の姫君
 源氏に何度も言い寄られながらも、拒み通した女性。一度迫られたのを拒んだ女性はいますが(空蝉)、何度も迫られて拒むことができた女性は彼女だけではないでしょうか。光源氏を振るなんて、カッコいい女性だと思いませんか。

玉鬘
 源氏の養女。幼い頃に母を亡くし、宮廷とは離れた場所で育つことになります。そのため、とてもたくましく、生命力のある女性として描かれています。源氏の養女になってからも、源氏にまで言い寄られたり、帝に仕えるはずが髭黒大将に強奪されたりと苦労が絶えません。でも、どんな目に遭おうと、現実を積極的に受け入れる玉鬘のたくましさは変わらず、夫が太政大臣にまで出世したのも、多分玉鬘のおかげでしょう。

真木柱
 玉鬘の夫である髭黒が前正室との間にもうけた娘。多くの女性の間でうまくバランスを保っている源氏とは違い、髭黒は玉鬘に夢中になって正室を疎かにします。正室は精神を病んでしまって、実家に引き取られることになるのです。平安時代の物語を現代の価値観で判断しても仕方ないですが、住み慣れた家や父との別れを悲しむ真木柱の話を読むと、こんな時、最も犠牲になるのが子どもなのは、千年前も同じだったのだなと感じます。
 後日談として、幸せになった真木柱の話が出てくるのもいい。

夕霧
 源氏の息子(母親は葵の上)。父とは違い、真面目で、紆余曲折を経て、初恋の人と結ばれる。…ところが、亡き親友の妻の面倒を見るうちに、彼女と関係ができ、妻との仲がこじれてしまいます。何をやっても父には及ばない息子なのに、まったりとマイペースに生きているところが微笑ましいです。

柏木
 夕霧の親友。夕霧にも負けないぐらいに有能な貴公子なのに、中年になった源氏が迎えた正室を好きになるところから、運命が狂い始めます。『源氏物語』に登場する女性は魅力的な人ばかりですが、二人ほど、作者がわざと冴えない女性として書いている人がいます。そのうちの一人が、柏木が好きになる相手。幼く、浅はかで、現実の世界でもこんな女と関係したら絶対不幸になるよと、恋に目がくらんで彼女の真の姿に気付けない柏木にハラハラしてしまいます。


 源氏の息子。源氏亡き後の物語『宇治十帖』の主人公。出生の秘密を背負い、暗い影を持つ青年。好きな女性を尊敬するあまり、関係を持てなかったり、そうかと思うと、あっさりモノにした身分の低い女に振り回されたり、どこまでも優柔不断な性格。現代の創作物には、薫タイプの男性は結構いますよね(個人的には、FFⅧのスコールを思い出します。普段は優柔不断なのに、いざって時の行動力がすごいところも似ているかな)。

匂宮
 薫の親友、源氏の孫。女性にモテる点や手が早い点は祖父の源氏にそっくりですが、源氏とは違って、自分の欲望のためには手段を選ばない、軽薄なところがあります。中高とお金持ちの御曹司が多い学校に通っていたので、匂宮タイプの男性はよく知っています。彼らの日常を知っている私たちには「あんな身勝手な人と付き合ったら、ロクなことないで」とわかるのですが、他校の女子には絶大な人気を誇っていました(まあ、彼らの方も、私たちなんかお呼びではないわけですが)。小説の登場人物としては、色々やらかしてくれるのが楽しい。

宇治の大君
 薫が最初に好きになった女性。不幸が似合う、寂しい人。ただでさえダウナー気味の薫は、彼女に感化されてますます陰鬱な性格になっていきます。彼女も、割と現代の創作物で見かけるタイプ。

浮舟
 大君の異母妹で、大君に似ている。母の身分が低いために、父に認知されず、田舎の方で育ちます。そのためか、宮廷の女性たちと比べると、お人好しでのんびりした性格。男たちに軽く扱われても、あまり気にせず、男たちにあたたかい愛情を注ぎます。浮舟も、身近によくいるタイプ。悪気はないのですが、何かと人間関係をややこしくする女性だと思います。

 以上、私が好きな登場人物をあげてみました。私たちとはまるで違う世界に生きているのに、なぜか知り合いの誰彼に似ているようにも思える人たち。長い長い物語なのに、この文章を書くうちに、また彼らに会いたくなってきました。






 


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