小説 『ジェダイだってあの体たらく』 その1 創作大賞2023応募作品
こんにちは。読書好きが昂じて、去年の11月に小説を書き始めました。スマホで書いた小説で太宰治賞に応募したり、ジェダイとタイトルに入れながら、創作大賞の恋愛小説部門に応募する気でいたり。認知の歪みを自覚していますが、実は、"認知の歪み"がこの小説のテーマの一つです。
四万字程度の作品です。初回だけでも読んでいただけると嬉しいです。私の方も、皆様の作品を読んでみたいです。
真実は多面的なものだ。 オビ=ワン・ケノービ
1
ロータリークラブの給仕を終えた後、控室に戻ってスマホをチェックすると、姉貴の名前が目に入った。
メールを開くと、おふくろの具合が悪いと書いてある。
知るか。座禅と瞑想で治せばいい。
スピリチュアル仲間が見舞ってくれるから、寂しくないだろ。
おふくろは俺を見捨てた。そうじゃない、見捨てたわけじゃないとささやく声もあるが、無視する。
おふくろは俺たち姉弟を気にかけず、ネグレクトした。
弟の慎二が死んだ時には、あいつがもっと良い世界に行ったとほほ笑んでいた。そう思うしかないから、無理して言ったわけではなく、本気で信じているのがわかった。
そんな奴だから、おふくろの具合はどうでもいいが、姉貴のことは少し気になる。
結局、姉貴に甘えているのだ。「おふくろは俺たちを見捨てたんだ。姉貴も、あんな女放っておけよ」と口では言えるが、姉貴にそんな気がないのはハナからわかっている。
姉貴へのやましさがあるから、頭の中で言い訳をこしらえた。――今はホテルの仕事が忙しくて、実家に戻る暇がない。副支配人とレストラン部長が辞めて、支配人はアル中だ。だからって、何も他の部門の面倒まで見る気はないが、俺がいるバンケット(宴会)部門も人手が足りず、いつ呼び出しをくらうかわからない。
コロナが終わっても、宴会の件数は七掛け程度にしか回復していないから、暇な時間はけっこうある。控室や自分のアパートでぼんやり過ごす時間なら。だが、ホテルから遠く離れることはできない。常に待機状態なのだ。
以前なら、吉田や長沼が処理してくれたことでも、二人が辞めた今は、全部自分でやるしかない。厄介事を持ち込まれるたび、「それぐらい、自分で考えられないのかい」と言いたくなるが、耐える。
今残っている社員に自分で考えさせたりしたら、二度手間になるだけだ。「手がすべって、客のスーツにコーヒーをこぼした」という百%こっちが悪い案件でも、なぜか素直に謝らず、「トレーのヒビにソーサーが引っかかって……」と言い訳する奴。そうかと思うと、フリードリンクプランで飲み残しのボトルを持ち帰ろうとする客に注意もしない奴(持って帰ってもらった方が、ゴミ捨てが楽かと思いましてとニヤついていた)。
この街はホテル業には向かない土地だ。観光地一つないので、インバウンド需要には見放されているし、東京に近すぎるので、出張需要も少ない。レストランも、ディナーはほとんど客が入らず、売れば売るほど赤字が増えるランチやスイーツバイキングだけがはやる。
コロナ前には、宿泊部門やレストラン部門の赤字をバンケット部門がカバーしていた。冴えない街でも、公務員は大勢いるし、都銀や地銀の支店、企業の支社もある。幸い、バンケット(宴会場)のあるシティホテルはうちだけなので、居酒屋よりもマシな宴会の需要は全部うちで取り込めたのだ。
コロナが終わった今は、三部門とも赤字をたれ流している。創業家の意地でつぶれずにいるだけのゾンビ企業に成り果ててしまった。いつ廃業しても不思議ではないから、吉田や長沼のように優秀な社員はうちを見限った。
残っているのは、何も考えない奴らだけ。いきあたりばったりで生きているから、トレーのヒビとか、ゴミ捨てが楽といった、摩訶不思議な言葉が口からわき出る。
そんなところだ、姉貴。おふくろの具合が悪いからって、往復二時間かけて、帰るわけにはいかないんだよ……。
『ジェダイだってあの体たらく』その2
その3 その4 その5 その6 その7
その8 その9 その10 その11 その12
その13 その14 その15 最終回
創作日記① ② ③ ④
読んでくださってありがとうございます。コメントや感想をいただけると嬉しいです。