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芸事の才能ではなくストーリーにお金を払う

会ったことも演奏を聞いたこともないけれど大好きなピアニストがいます。

ベトナム出身のダンタイソンという方で、一度も生の演奏は聞いたことがない。

冷戦下、ベトナム戦争の最中、砲弾の音の中紙の鍵盤でピアノを練習していたという伝説のピアニスト。

母からその壮絶な物語を聞き、顔を知る前に心を抉られて、その生き方に何度も自分の演奏家としての魂を鼓舞される中で、いつか生の演奏を聴きに行きたいと願うようになった。

「物語の発信」は自分の芸事や商品を買ってもらうための強いファンづくりの導線になる。その人の背景にある物語に思いを馳せて、演奏に涙を流す。実際の演奏は、もしかしたら自動演奏でも誰が弾いても楽譜は同じなのでさして変わらないのかもしれない。しかし、「その人の歴史とともに」奏でられる演奏に価値を感じて、聴衆はそこに集まる。

「士業を生業とする人は、どうしても腕を上げればお客がつくだろうと思っている方が多いんです。発信して自分のやっていることを知ってもらう技術を磨けば、もっとあなたの持っている素敵な技術の価値にたくさんのファンがつくんです。そのために必要なのが、自分のストーリーを掘り起こして文字に書き起こしてみるという工程なんですね」社会人なってから参加した士業のセミナーでそんな話をいただいた。

私自身も学生時代は自身のリサイタルや講演も行なっていたが、見にきてくれる方を増やすためにはまず腕を上げることが全てと思い、演奏会前は一日13時間近く練習に打ち込む日々を送っていた。当時は腕をあげることが一番の方法だという考えを1ミリを疑うことはなかった。自分が教師になってからも、しばらくその前提を捨てることができず、教えるのが上手くなれば評判でお客さんはくるものだろうと安易に考えていた。「知られていないサービスはないのと同じ」とある方から言われてハッとした時、発信しようにも自分は発信できるほどの「特別な何か」を持ち合わせていない、という思いにとらわれて、連日PCの前で画面をじっとにライつけてはため息をつくという、一歩も前進できない状態を送った時期もある。

著名人でもない自分の歴史を掘り起こしたところでそんな物語を誰が気に留めてくれるのか、そんな風に思っている人も多いかもしれない。そんな時にはぜひ、自分史を振り返って成功体験とネガティブな体験の両方を書き出してみよう。専門分野での圧倒的な実績は、確かに顧客を引きつける。しかし、小さなお豆腐屋の店主が息子にお店を譲り渡すまでの葛藤や、製菓点の有名和菓子が考案されるまでの苦難の道のりといった細やかな心のひだが伝わるストーリーが添えられた商品には、発信する側が思っている以上に購買意欲を煽る何かが秘められている。ドラマの前書きを作るように、自分を主人公とする物語の設定を文字に起こしてみよう。脚本を作るように、臨場感あふれる紆余曲折のストーリーを描いてみよう。


そこには誰かの琴線に触れるストーリーが隠れているかもしれない。



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