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Good Morning

道端に咲く名前も知らない花に「おはよう」と声をかけてみた。そしたらちょっと揺れて、「おはよう」と返してくれた。それでも私は君の名前を知らないし、君とまた出会うこともないと思う。だけどそんな出会いの方が、よく覚えているものなのかもしれない。

思い出の詰まった行きつけのホテルには、最近訪日観光客の方たちがよく泊まっているのだけれど、恋人と朝の散歩に出かけるためにホテルを出たとき、まだ朝早く、繁華街とはいえど人通りの少ない、濁りのない空気と夏を目前に控えた太陽の光が眩しくて、私は思い切り背伸びをしてから、「グッドモーニング!」と勢いよく声に出してしまった。大好きな場所で迎える朝の気持ちよさに、一瞬にして心が持ってかれていたようだ。
すると後ろから、微笑みから声が漏れたような、小さな笑い声が聞こえた。私は後ろを振り返った。
そこには海外ドラマに出てきそうな美男美女。優しい雰囲気を纏ったカップルと思われる男女がいて、私に穏やかな笑顔を向けていた。私はたまらず恥ずかしくなって、でもその恥ずかしさがどこかに飛んでいくくらい嬉しい気持ちにもなって、笑顔を返した。すると、彼らは再び微笑み、「Good morning」と小さな声で答えてくれた。
彼らはその後すぐに、私たちの進行方向とは逆に枝分かれして進んで行ったが、私は彼らの後ろ姿を見つめながら、今度は小さな声で「ハブアナイスデイ」と言ってみた。恋人は隣で「朝から元気だね」と驚くような面白がるような、いつものイタズラっぽい笑みを浮かべて私を見つめた。

彼らとはその瞬間以降会ってはない。悲しい当たり前かもしれないけど、今後会うこともきっとないだろう。でも、旅行で訪れた日本という国で、朝から気持ちよく背伸びをしながら、おはようと叫ぶ女の子と出会った、そんな思い出が、ほんのりと残っていてくれたら嬉しい。

目まぐるしい日々を過ごしているからこそ、一期一会の尊さと儚さに気付かされ、より強く感じることができるのかもしれない。
ちょっと周りを見渡してみたら、普段通らない小道を通ってみたら、新しい景色を見ることができる、新しい出会いが待っている、そんな瞬間がまた訪れてくれることを少しだけ期待しながら、毎日を過ごしてみるのも悪くない。

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