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予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 まとめ

予測の効果
雰囲気が高級そうだと、味も高級そうに感じる。
→知識が先か後かで経験が変わる。(前もっておいしそうと信じた時は、大抵美味しい)

予測は、生活のほとんどすべての側面に影響を及ぼす可能性がある。
マーケティングは、情報を提供することで、予測される喜びを高め、ひいては本当の喜びも高めようとする。
ex:ペプシチャレンジ

雰囲気や期待感は、確かに喜びに大きく影響する。
肯定的な予測は、物事をもっと楽しませてくれるし、周りの世界の印象を良くしてくれる。何も期待しないことの害は、それ以上何も得られずに終わってしまうかもしれない。

価格の力
プラセボ効果…自己暗示。効果の無いものも、効果があると思い込むことで、症状の改善・悪化が起きること。

こと薬となると、支払った分に見合うものが手に入ると言える。価格は、経験を変化させる場合がある。

不信の輪
長期的な観点から、個人は共有資源の持続可能性を気にかけている。その個人を含むすべての人が共有資源から利益を得ているからだ。だが、同時に、短期的に見ると、個人は自分の公正な取引分以上に取ることで、すぐに利益を得る。
しかし、人間というのは、短期的な利益や目先の必要性にばかり注目しがちなため、共有地の悲劇のような問題がちょくちょく起こる。

みんなが協力しあえば、信用が高まり、社会の全体的な価値は最大になる。だが、不信は感染する。
信用は貴重な公共財であり、これを失うとすべての関係者にとって長期的にはマイナスの結果となりうる。
一度むしばまれた信用を再建するのは、難しい。信用の喪失は、すべての関係者にとって長期的なマイナスの結果をもたらすだろうし、公共の信用を修復するには長い時間がかかるだろう。目先のことにとらわれて、個人が欲に走ったせいで、共有地(金融制度や政府など)は大惨事に見舞われてしまった。

わたしたちの品性について
チャンスがあれば、多くの正直な人がごまかしをする。
一旦ごまかそうという気になったら、見つかる危険があることには左右されなかったらしい。
→人に見つかってしまう可能性は、不正直さにあまり影響を与えないようだ。

人々は、チャンスがあればごまかしをするが、決してめいっぱいごまかすわけではない。また、一旦正直さについて考えだすと、ごまかしを完全にやめる。

私たちは何らかの倫理思想の水準から離れると、不正直に迷い込む。

ビールと無料のランチ
独自性を表現することに関心のある人ほど、テーブルでまだ誰も頼んでいないアルコール飲料を選んで、自分が本当に個性的だと示そうとする傾向が強い。
特に独自性への欲求が強い人たちは、評判という効用を得るために、個人の効用を犠牲にすることがある。

普通の経済学は、私たちが合理的であると考える。つまり、決断に役立つ情報をすべて知っていて、目の前の様々な選択肢の価値を計算することができ、それぞれの選択による結果を何にも邪魔されずに評価できると想定している。

経済学は、人がどのように行動すべきかではなく、実際にどのように行動するかに基づいている方がはるかに理にかなっているのではないだろうか。人がいつも合理的に行動するわけではないという考えに着目したのが行動経済学。

大友的編集後記
マーケティングとは、ざっくり言えば「人の行動に影響を与えること」なので、心理学・行動経済学に興味を持ち、読み始めた。
本書は、実験事例も多く、ボリュームがあるものの読みやすく感じる。しかし、逆に事例が多すぎて、実験の前提を何度も見失いそうになる(笑)

人の行動には、根拠がある。意思決定は、合理的というのが良く言われるマーケティングの話だが、否定的にいつも合理的に動くわけではないというのは新しい視点。(頭の中では、ずっと理解していても)
調査結果は、ファクトなので根拠があるが、想定と異なる動きを失敗ではなく、次に活かすデータとしてトライ&エラーで意識できるとユーザーを鮮明にとらえることができると思う。
ここは、支援会社主体で「トライ&エラーさせてください!」とは言えないので、事業会社は、エラーも含め調査を依頼いただけると、成功に近づくのではないだろうか。


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