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短編『天然記念人』

ここはオフィス街。その日は出勤当番の吉岡巧雄は、保険会社への出勤途中で、同僚でもあり恋人でもある彼女の鈴原文子と不安げに空をみあげていた。

「おいみろよ、あれはいったいなんなんだ。なにかがそこらじゅうを飛んでいるぞ!」

まだ二十代の吉岡は、彼女にむかって大声をあげた。 
 
三角型のものや、葉巻型とされるものが空中に浮遊していた。まるで出来損ないの映画の一シーンのように、あまりに鮮明にみえる物体は、逆にリアルには感じられないものだった。

「古代文書の予言にあった、地球滅亡ってやっぱり異星人のことだったのかしら。今年の十月が予言されていた時だものね。だけど、地球をさせるものは、なにか目にみえないものだって書いてあるって、都市伝説の番組でいってたけど」
 
彼女も不安げに空をみながら答えた。

「地球をどうするつもりなのかしら……」

「俺たちを奴隷にするつもりなんだよ」
 
スーツを急に脱いで投げ捨て、ネクタイは丸めて蹴飛ばした。「世界はもう終わりなんだ。仕事なんかやっていられるか!」  
 
吉岡は彼女の手をにぎりしめ、ホテル街にむかって歩きはじめた。

 
二〇三一年の十月一日に、突然、世界各国の空にUFOが虫の大群のように現れ、二十四時間滞空するようになった。しかし、UFOは街にむかって攻撃するわけでもなく、ただ空をルーレットのように乱舞するだけだった。それだけでなく、世界のあちらこちらでさまざまな分野の学者やアーティスト、宗教家、マスメディアで活躍していた人たちが、神隠しにあったように突然いなくなってしまった。UFOに吸い込まれていく現場をみたという人もあらわれ、人々の多くは家にひきこもるようになっていた。
 
その後、十月中旬になってもUFOの姿が消えることはなかった。戦闘機を向かわせてもするりと逃げるだけで、それ以上のリアクションはなかった。

「彼らはいったいなんの目的で空にいるんでしょうな?」
 
官邸では、日本政府の四十代の若さで官房長官になった鈴木氏が、初の女性総理となった、佐久間珠子氏に語りかけた。

「わかりませんよ! 苦情の電話が多数きているらしいけど、人間の言葉が通じそうにない相手に対していったいなにができるというの?」 
 
佐久間総理は、デスクにあるパソコンに送られてくるUFO関連の情報をみながらそれだけいうと、黙りこんでしまった。
 
アメリカでは核ミサイル攻撃を決行しようとしたのだが、突然基地の機器のすべてがおかしくなり、なにもできない状態であった。
 
 
十月二十九日。UFOが突然空からかき消えた。そのUFOの内部では、さまざまな銀河系から派遣されてきた異星人のマスコミ関係者や、一般異星人たちが大きな葉巻型UFOに集まり、話し合いをしていた。
 
トカゲ姿の異星人は、

「地球に派遣していた特派員たちから、二〇三一年の十月に、地獄の軍団が地球に降りてくるという情報がはいり、ずっと地球の空で張りこんでいたのに、塵ひとつも落ちてこないではないか! 地球上では核を搭載したロケットが発射されるという情報もない。隕石も近寄ってくるとはでていない。どうやら、都市伝説という噂話的な情報だとはな。まったく無駄な一ヵ月間を過ごしてしまったものだ!」と怒りを隠さない。
 
雪男姿の異星人は、

「これでは星に帰れないですな。我が星の配信サービスにアップするために来たのですから。ここはひとつ、いわゆるやらせを撮影していくしかないですな」
 
堅い皮膚の虫型異星人は、

「私の星の特ダネとして取材に来たからには、ガセネタではすまされない」
 
異星人たちの鼻息は荒く、今にも行動にでようとしているそぶりをみせていた。

人間型の異星人は、

「そんな無茶な行為は宇宙連合の取り決めで禁止されているではないか。我々は地球に対して過度な干渉をするべきではないという考えで一致している」
 
トカゲ姿の異星人は目をぎょろつかせて、

「たしかに禁止されてはいるが、この地球は君たちの子孫を流刑した星だ。地球に流刑された者たちは宇宙のルールを破った罪で、エデンという君たちの星からこの地球に追いやられた。その後、君たちがいつも監視してきたが、残酷きわまりない犯罪、事故、そして戦争。流刑地でも反省をすることなくおなじ過ちをくりかえしているではないか。核爆発によってこの世界は破滅するかもしれない。そのまえにもういちど再教育するためにも、君たちが人類の一部を転送、救出すればよいではないか」
 
そう、せせら笑うようにいった。

人間型異星は拳をふりあげつつ、

「君たちはそうはいうが、君たちの子孫たちも流刑されているではないか。巨大な恐竜を創り上げた罪で、恐竜と共に流刑された。今では遺伝子操作で小型にさせられたがね。君たちの子孫は君たちの遺伝子操作で小型爬虫類となり、知性も奪われている。虫たちもそうだ。私たちは知性や知能までは奪わなかった」
 
虫型異星人は、

「知性や知能があるから酷たらしい犯罪や戦争が絶えることがないのだ」

人間型異星人は懇願するかのように、

「我々はなんども再教育をするための使者を地球に送ってきた」

人間型異星人以外の者たちの顔には、嘲りの笑みが浮かんでいた。
「そのうちのひとりは、十字架に架けられて命を奪われたがな」
 
それでも人間型の異星人たちは猛反対を続けたが、多勢に無勢で、ほかの異星人たちに押し切られてしまった。人間社会のなかに入り、地球に滞在しているおなじ星のものたちと、地球人たちを、母船に収容するためにやってきていた人間型の異星人たちは地球に向かい、収容限界まで人間たちを自分たちの母船に転送をはじめた。もともと人間型の異星人は巨大隕石が地球に衝突する可能性や戦争での壊滅的な破壊があるとみていて、以前から地球を監視しつつ、救出用の母船も常時、待機させていたのだ。

          *
その頃、ラブホテルで行為をしかけたときに転送された吉岡巧雄は、雷でも落ちたかと思うくらいのまぶしい光と音に包まれた。そのまま気絶して気がつくとどこかの草原のうえに寝そべっていた。吉岡だけでなく、老若男女数千人が草原にいた。日本人だけでなく、世界じゅうの民族もいるようだった。西洋風の顔立ちの人たち。アラブ系の民族衣装を着ている人たちもいた。文子はどうしたろうかと、みわたしてもどこにもいない。スマホもどこをさがしてもみつからなかった。

「ここはどこなんでしょうね?」
 
吉岡よりもひとまわり年上くらい、そう、三十代後半くらいの男性が日本語で声をかけてきた。すべての人たちが気がついたら突然見知らぬところにいたのだ。彼らはみな、不安げにまわりをあちこち見渡していた。

「俺も、気がついたらここにいたんですよ。とにかく、歩いてどんなところなのか調べてみますか。ところで私は吉岡です。あなたは?」

「私は柴田幸夫。スーパーで仕事をしています。まったくここはどこなんでしょうね」
 
吉岡は声をかけてきた柴田と歩いて、ここがどこなのか見極めてみることにした。まず、大地のようすがおかしいと思った。見た目は芝生のようだが、きれいにそろえられていて、ゴルフ場の芝生よりも整然としすぎているように思った。以前、ゴルフ場の球拾いのバイトをしていたことがあって、ゴルフ場の芝生をなんどもみてきたが、ここほど整備されたところではなかった。草花が計画的に植えられているようにみえて、なにか画一的な印象をうけた。

「どうも、人工的に造られた草原みたいですね。ちょっと穴を掘ってみますか」
 
吉岡がそういうと、柴田はますます落ち着きがなくなった。吉岡はかまわず手で穴を掘ってみた。どこにでもある土と砂のようだが、土の臭いがしなかった。三十センチほど掘りすすめると、なにやらつるつるしたものがあった。みると、白いプラスチックのようなものだ。掘ることをやめて、柴田と十五分ほど歩いたあたりでなにかに目にみえないものにぶつかった。手で叩くと、ガラスのような感触だった。平行に歩きながらさわり続けてみると、円形になにかが取り囲んでいるようだ。

「ここはどこなんだー!誰か、助けてくれ!」 

ついに柴田が取り乱しはじめてしまった。しかし、その声に答えるかのように、うえのほうから、人工的な声が聞こえてきた。耳というよりも、心のなかにその声が入ってきたという感じだった。

「みなさん、私たちはあなた方の心に話しかけています。私たちは銀河系のエデンという惑星の者です。地球に破滅的な大災難がおきることがわかりましたので、昨夜、ランダムに選んだ人たちを保護し、私たちの母船に乗せ、地球の世界によく似た人工のこの施設に避難させたのです。半径一キロほどの施設ですが、各ブロックに三千人ずつ収容し、一万八千人がこの母船に転送されています。現在、ブロックは隔離されていますが、感染症などの検査の結果が終わりしだい、ブロックの行き来ができるようになります。どうぞ、地球とおなじように生活されてください。食べ物は、小さなドームのところにドアがあり、そのなかに入ると、ほぼ地球での食生活をしていただけると思います」

「ああ、なんてこった。現代版、『ノアの箱船』というわけか。そうだ、妻と子を探さなくては!」
 
柴田はそういうと、あわてて元いた場所に走っていった。吉岡は独身で親や兄弟もいない。親と兄は、旅行中、車の交通事故で亡くなっていたのだ。吉岡だけが奇跡的に助かっていた。文子とおなじ部屋にいたのに、文子は別のブロックに転送されたようだ。
 
人工的な声が柴田の言葉に反応した。

「今、この船が『ノアの箱船』といわれていましたが、遙か昔、月に彗星が衝突し、貯えられていた月と彗星の膨大な水が地球に降り注ぎ、大洪水が地球を襲うことがわかり、地球の人々に警告したなかで、ノアたちと少数の者たちが、長い年月をかけて箱船を建造しました。もちろん、私たちも造船には協力しましたが、過度な干渉はしてはならないという宇宙でのルールもあり、最小限の協力です。ですが、箱船に動物たちも乗船させたというのは誤りです。植物や動物たちの遺伝子はすでに採取しており、その遺伝子は私たちがすでに保存していました。地球に人類が住めるようになるまえに、少しずつ植物や動物たちを遺伝子から甦らせたのが真相です。今回も以前から地球の人類以外の生物の遺伝子は採取され、保存されています。前回と異なるのは、もう地球には住めないということです」
 
吉岡は徒労感に襲われ、なんとなくうえを見上げた。青い空と白い雲。これも作り物らしい。雲が形を変えることなく流れてゆくだけだ。吉岡がぼんやりと空をみていると、突然、体が浮遊し、人々が蟻くらいにみえるほどまで高いところまで昇ってきた。やはり、空はスクリーンだった。異星人が吉岡にみせるために浮遊させたのだ、
 
やがて下に降りた吉岡は、小さなドームまで歩いていくと自動でドアがあき、吉岡はなかへと入っていった。そのなかには、西洋人らしい七十歳くらいにみえる老婦や年配の男女、十数人ほどがいた。老婦がなにやら話しかけてきたが、どうやらドイツ語らしい。残念ながら英語すらもあやしい吉岡の語学力だ。ドイツ語はまるで未知の世界だ。会話はできない。テレビも本もない。
 

吉岡は、お腹がすいてきたので、透明なテーブルに並べられている異星人が提供してくれた地球風の食べ物を食べてみた。味は悪くなかった。老婆や年配の人たちは、おそるおそる食べ物を口にしていた。それから片隅に並べられていたベッドのうえで寝転がった。
 
その後、なにもすることがないから、あちこち散策してみたが、このブロックには若い世代の人は吉岡くらいのようだった。そんな日々を一週間ほども続けただろうか、またしても、吉岡の心に異星人らしき者の声が聞こえてきた。

「しばらく観察させてもらいましたが、なぜ女性たちと交わり、子づくりをしないのですか?」

「俺たちは朱鷺みたいなものかい?」
 
と、吉岡が毒づくと、

「私たちは、人類の滅亡を阻止するために、地球のさまざまなところからあなたたちを連れてきたのです。そして、子を産み、子孫を増やしてもらいたい。そしてゆくゆくは私たちが管理している惑星で生活してもらうつもりでもいるのです」

「あのな、異星人さんたちよ。助けてくれたのには感謝をしてるよ。だけどな、地球人だって、人の好き嫌い、相性というものがあるんだぜ。ましてや老婦と交わっても子供はできないだろうぜ。ノアの箱船のつぎは自然動物園に行かされるってわけかい」
 
と、吉岡はそう毒づいた。

「ほう、そんなものですか。長い間、あなた方を観察してきました。日本の朱鷺を保護し、年の離れたオスとメスを二匹だけ狭い檻に入れて、子孫づくりを求めていた期間もあったようですが。きっと朱鷺にも相性とやらがあったのでしょうね」
 
吉岡はなにもいえなかった。しかし、ふつふつと考えたくないことが頭をよぎり、イライラしてきた。

「ここもあんた方、異星人たちにみられているということだよな。プライバシーのない、飼育室みたいなところなのかよ?」

「そうともいえます。日本でいえば、天然記念物、いや、天然記念人に指定され、私たちの惑星の家族たちに公開されます」
 
部屋の老婦も、その声を聞いていたのだろう。顔に両手をあてて、泣き出してしまった。どうやら、異星人の声は同時翻訳されて、すべての人に届いているらしい。

          *

そして地球時間で十月三十一日の午後十一時に、異星人たちは、宇宙船から未知の放射を地球に続け、危険な宇宙線などから地球を守っていた地球磁場を消滅させた。それから、いわゆるやらせを撮影しはじめた。

地球はまたたくまに燃え広がり、ビルも山も川も、そして海もしだいに干上がっていった。聖書のソドムとゴモラのように、人々は声をあげることもなく燃え尽き、動物たちも枯れ果てた木の葉のようになり、真っ黒な灰が大地を埋め尽くしていった。青く美しい星が、赤黒い煙に包まれ、火だるまの星へと変わっていった。そして予言は成就された。
   

           (fin) 

トップ画像のクリエイターさまは、『ユハコ』さまです。
ありがとうございます。

 私のオリジナル曲『永遠のラブソング』
 今回の物語を匂わせるオープニングです。

 


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