獣吼の咎者:~終幕~獣吼の咎者
闇暦三〇年──。
ニューヨーク〈エンパイアステートビル〉上層階──。
オフィスライクな一室を宛がわれ、インディアンの娘は辟易と不満を零した。
「柄じゃないんだよなぁ……」
「そう言うな。ここまで旗頭と率いてきた以上、責任がある」
傍らの獣精が、父性を盾に諭す。
彼の〈市長〉が失脚してからというもの〈牙爪獣群〉は衰退の一途を辿っていた。
近隣勢力とのパワーバランスは崩れ、これ幸いとばかりに矛先が集中する。
この流れは、ラリィガ達〈ダコタ勢〉にも好機であった。
これまでの守り一手から転じて、獣精を率いた攻めへと回った。
戦力としては頭数が少ないものの、ダコタ周辺の勢力には背後からの奇襲策と機能したようだ。
斯くして破竹の勢いで進軍に攻め落とし、遂には忌まわしくも懐かしい激戦地〈ニューヨーク〉すら制圧するに至る。
途中に下した勢力には彼女へ寝返る者も少なくなく、進めば進むほど大所帯と膨れ上がった。
そうした増強背景も、快進撃成功の一翼を担っている。
が、それは結果としてラリィガの閉塞感を誘発した。
元来、自由奔放が好きな気質だ。
父親代わりのシュンカマニトゥから見れば、よくもここまで我を堪えている。
だが……限界が来た。
「アタシはイヤだかんな! 〈領主〉とか〈盟主〉とか……絶対やんない! クソメンドクサイ!」
「投げっぱなしにも出来んだろう? 皆、オマエに心酔して着いてきたんだ」
「勝手に着いてきた!」
「オマエは受け入れた」
「ぅぅぅ~~……」
苦虫顔の駄々が渋る。
シュンカマニトゥにしてみれば、我が子をやり込めるなど御手の物であった。
「象徴的存在は必要だ。そうした旗頭が在る事で、有象無象は信念に団結する……磐石にな」
「象徴的存在って、アタシは冴──!」無意識に言い描けて、はたと気性が鎮まる。「──元気かな? アイツ?」
想いを汲み、獣精は「ああ」と静かなる同調を示した。
あの激闘を通じて〝夜神冴子〟へ感情移入を抱いたのは、何もラリィガだけではない。
いつしか彼自身も憎からずに惹かれ始めていた。
(不思議な娘だ……とんでもない象徴性を持ってやがる)
あの〈戌守〉なる〝東洋の獣精〟が肩入れする気持ちも、少しは分かる気がした。
「なぁ? シュンカマニトゥ?」
「何だ?」
「……アタシが勢力を立ち上げれば、少しはアイツの手助けになるのかなぁ?」
「ラリィガ?」
「だって……世界を相手に独りはツラいだろ」
純朴な素直さに絆され、淡い苦笑を肯定とした。
「ああ、たぶんな」
正直、それはどうだか分からない。
さりとも、シュンカマニトゥには確信がある。
この娘──ラリィガは、決して私利私欲には溺れない。
例え〈領主〉になろうとも……。
それは、あの娘と同質のものだ。
「よしっ!」一転に気合いを入れて、ラリィガは両頬を叩いた。「んじゃ、やってやるか!」
「ほう? やる気が出たようだな?」
「た・だ・し! アタシは、アタシのやりたいようにやる! 他勢力の体制なんか知らないよ! ワンマン結構! それがイヤなら出てってもらう!」
「フッ……いいんじゃないか? その程度の役得があっても?」
「言っとくけど〈闇暦大戦〉とかも、どーでもいい! アタシは……」
「ふむ? オマエは?」
「……アイツに再会する為にやる! また肩を並べる為に!」
斯くして、この闇暦に、また新たな勢力が産声を上げた。
最大の難所と構えられる北米を占める新勢力の出現は、あれよあれよと名を轟かせる。
遙々、海を越えてまで……。
不用心に街路を歩む黒外套──。
小柄な美少女であった。
黒を基調とした衣装は高い肌露出に色香を薫らせ、太腿を魅せる繊細な脚線美は未成熟な禁忌を誘惑する。艶やかな赤髪はツインテールの双蛇を風と遊ばせ、醒めた童顔には外観年齢に釣り合わぬ達観を眼差しに滑らせた。
嗜好の柘榴を齧り、少女は周囲を見渡す。
煉瓦造りの建築群は、頑強さを貫禄と履き違えて建ち誇る。
さりとも、活気を生む人の気配は皆無だ。
籠城紛いに息を潜めた生活環境──。
見飽きた。
闇暦では日常的な情景だ。
常態的な街路の帳は、はたして一歩踏み込めばジメジメとした湿気に彩られた路地裏が続く。
左右を煉瓦壁に挟まれただけの安い迷路だ。
しかしながら、好奇心は刺激される。
こうした場所にはトラブルが巣食う。
鮮血の臭いを孕み……。
だから、彼女は足を踏み入れた。
退屈な世だ。
些細な刺激でも興と欲しい。
暫く黙々と歩き進んだが、暴漢の一人も現れない。
はたしてハズレを引いたか……。
腰の細身剣も落胆するというものだ。
と、気配が匂う!
即座に少女は、その場から外れた!
左手で路面を支えた後転ながらに、右手では真紅の細身剣を抜き携える!
先刻まで居た地面が銃撃の閃花を白く咲かせた!
頭上からの奇襲!
何処に潜んでいたかは知らないが、襲撃者は建物上階から降って来た!
或いは屋根か?
どうでもいい。
些事だ。
高揚が愉しむ!
フォーマルスーツの女!
タイトスカートの脚線美が回し蹴りを繰り出す!
リーチは長い!
だがしかし、当たってやるほど易くも無い!
潮の如く身を引き、凪ぐ爪先に顎先を過ぎさせた。
その尖端に微々と煌めく銀光は、仕込み刃の自己主張。
二撃──三撃──流れるような連続蹴りが空気を裂く!
その総てを避わしつつ、突きに間合いを詰めた!
瞬間、不可視の壁に弾かれる!
沸いた!
その悦を口角が示す!
弾かれた勢いを円心の軌道に乗せ、逆方向からの横凪ぎと転じた!
相手の首筋を捉える!
そこで寸止めを強いられた。
まったく同時のタイミングで、少女の額には銃口が定められたからだ。
白銀の銃──。
珍しい。
永い流浪でも、こんな武器は他に知らない。
そして、アイツ以外に所有者はいない。
嘘のように躍動は氷像と鎮まる。
黒月を目隠しする雲間が晴れ、微弱な月光が両者の容姿を克明と浮かび上がらせた。
「またキサマか」
皮肉めいて淡い高揚を含む。
やはりアイツだ。
「そう邪険にしないでくれるかなぁ?」
朗々とした挑発を向けるも〈怪物抹殺者〉の瞳は笑ってはいない。
「しつこいものだな……何度目だ?」
「さぁて? 興味無いし?」
「ま、人間にしては骨があるがな」
「ねぇ? 〈孤独の吸血姫〉さん?」
「何だ」
「……ダルムシュタッド、村人、十六人」
「……何の呪いだ?」
「チッ! またガセじゃん!」
冴子の首筋に添えられた紅き細身剣──。
相手の眉間に標準を定めた白銀の聖銃──。
はたして、どちらが仕止めるのか……。
「キサマには、色々と訊い詰めたい事はある。だが、とりあえず──」
「そうね、とりあえず──」
無粋に過る濁風が、不快な臭気に予感を置き去る。
「「──まずはコイツらを倒してから!」」
前後の挟撃に群がる〈怪物〉達!
運命の出会いが背中を預けた!
[完]
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