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かしまし幽姫と学校の怪談 其ノ三

「ケケケケケケケケッ!」
 耳障みみざわりな高笑いで廊下を駆け抜ける異形!
 餓鬼のような上半身だけで下半身は無い。
 ヒョロ長い腕を健脚代わりに駆け巡る。
 学校の怪談でも一際ひときわ〝妖怪色〟の強い怪異──その名も〈てけてけ〉。
 床も天井も壁も関係無い。
 上も下も横も関係無い。
 重力無視の爆走が、月明かり射す校舎を蹂躙じゅうりんしていた。
「お菊井戸ー★」
「ケケケケケケヘケラッ?」
 落っこちたわ。井戸に。
 うん、天井・・顕現けんげんさせた井戸に。
 ぶっちゃけ、床も天井も壁も上も下も横も関係無いのは、わたしの〈お菊井戸〉も同じなのよね。
 でもって、上下左右関係無く〝落ちる〟の。
 だから、進路上へと顕現けんげんさせておく、オチャメなお菊ちゃんなのでした★
「やりましたわね? てけてけホイホイ!」
「ドンピシャだな! てけてけホイホイ!」
「その称賛、嬉しくないもん!」
 不服に膨れてプイッ!
 ついでに井戸をスルッと床へ移動させておいたわ。
 と、お露ちゃんはテクテクと井戸に近付いて……何する気?
「ブラジルの人、聞こえますかーー?」
「そこまで繋げてないよッ?」
「そう言やぁよ? この〈お菊井戸〉って、どの程度の深さなんだよ?」
「んー? わたし次第?」
「は?」
「顕現時に定めた後は変更できないんだけど、浅くしようと思えば腰丈程度にも出来るし、深くしようと思えばそれこそ地球の裏側までトンネル化も出来るのよね……深くすればするほど、霊力は疲弊するけど」
「ブラジルの人、聞こえますかーー?」
「だから! 今回は、そこまで繋げてないってば!」
「……アタシ、本場の地中海フード食いてぇ」
「はい?」
「お菊、買って来い?」
「いきなり何言い出したのッ? お岩ちゃん!」
「タラララッタタ~ン♪  どこでも井戸~!(ドラ声)」
「便利な未来ドアじゃないよ! お露ちゃん! っていうか、何を『焼きそばパン買って来い』みたいなノリでパシリにしてんのッ? しかも、海外へ!」
「だって、食いてぇもん。なぁ?」
「ねぇ?」
 ……このゲスの極みオバケ × 2!
「ケケケケケ……出せぇぇぇ……」
 井戸の底から聞こえてくる恨めしそうな奇声。
 さて、この〈てけてけちゃん〉を、どうしようか?
 とりあえず、わたしは井戸を覗き込んで呼び掛ける。
「あのねー? てけてけちゃん? 聞こえるーー?」
「ケケケ……出せぇぇぇ……出せぇぇぇ……」
「あのねー? わたし、御願いがあるんだけど……」
「ブラジルの人、聞こえますかーー?」
「おい、てけ公? その健脚で、ひとっ走りして本場の地中海料理買って来い」
「何をしれっと真面目な交渉シーンに紛れてきてんのッ? この幽霊ひと達ッ?」
「ケケケ……出せぇぇぇ……出せぇぇぇ……」
「あのね? もう廊下走るのやめてくれないかな? 生徒達が怖がってるの」
「ケケケケケ……もっと怖がれ……それが『怪談』の本懐だ……ケケケケケ……」
「う~ん? やっぱり、そうなるか……そりゃそうよね……どうしよう?」
 わたしが腕組みながらに思案している横で……あれ?
 何する気?
 お岩ちゃん? お露ちゃん?
 そのデッカイ粉袋、何?
 土嚢どのうと見間違うほどデカい茶色の袋は?
「おしっ! 流せ! お露!」
「タラララッタタ~ン♪  道頓堀どうとんぼりーー★(ドラ声)」
 ドバドバ濛々もうもうと白い粉を注ぎだした!
 わたしの井戸に大量投棄し始めた!
「もっと流せ流せ! お露!」
「タコも入れちゃう? 入れちゃいます?」
「ケケケーーーーッ?」
「やめてぇぇぇーーーーッ?」
 絶叫したわ!
 わたしの絶叫が、てけてけちゃんの悲鳴を掻き消したわ!
「いきなり何を流し込んでるのッ? ひとの井戸にッ?」
「クスクス♪  白い粉を大量投棄♪ 」
「語弊があるよ! お露ちゃん! 極めて危険な語弊だよ!」
「っせーな? 平和的折檻せっかんだ」
 何言い出したの? このガサツ幽霊?
 何よ『平和的折檻せっかん』って……。
 そんな博愛的不穏用語、初耳だよ。
「わたしの井戸に小麦粉なんか流し込まないでって言ってるの!」
「違ぇよ、片栗粉だ」
「どっちでもいいよ! だいたい、そんな物ドコから持って来たのよ!」
「調理室にあった」
「ふぇ? 調理室?」
「ああ、給食調理用の」
「一階の?」
「うん」
「……此所、三階」
「だな」
「どうやって持って来たのよ! こんなに大量に! それも短時間で!」
 困惑と憤慨ふんがいが入り雑じった抗議を荒げた直後──「イエッサー! コレで全部であります!」──残りが届けられたわ。
 まさかの二宮さんだったわ。
 彼が背負子しょいこで運んで来ていたわ。
 数倍超過の重荷を。
 何コレ? 新手の筋トレ?
「うし、御苦労!」
「イエッサー!」
 鬼軍曹に従順な敬礼。
 すっかり主従関係が築かれているわ……この二人ふたり
「んじゃ、戻って続きを消化しろ」
「イエッサーーーーッ!」
 意気揚々とした敬礼できびすを返す歴史偉人。
「クスクス……ファ●コンウォーズが出~るぞ♪  それ!」
「ファ●コンウォーズが出ぇぇぇるぞッ! 母ちゃん達には内緒だぞッ! のめり込めッ! のめり込めッ! のめり込めッ! のめり込めッ!」
 帰って行った。
 小脇を締めた軍隊ランで校庭へと帰って行った。
 それでいいの? 二宮さん?
 呆気と放心に囚われた後、わたしはハッとわれに返った!
「そうだよ! てけてけちゃんだよ!」
 井戸の底からは「ゥゥ……ヶヶヶ……ゥゥ……ヶヶヶ……ゥゥゥ……」とグロッキーながらに絞り出す笑い声。
 そこまでしてキャラを守ろうとするあたり、意外と根性あるわ。
「あのねー? てけてけちゃん?」
「ケ……ケケ……何度説得しても無駄──」
「おい、てけ公? オマエの選択は二つにひとつだ。タコを混ぜられて粉まみれになるか……」
「ケケッ?」
「それとも、イカで粉まみれになるか!」
「それ、どっちにしても井戸粉まみれーーッ!」
 何をトンデモ二択にたくで脅迫してんのよ!
 このガサツ幽霊!
「……明日からは、おとなしくします」
 一転いってんして悄々しおしおと従順になったわ。
 効果覿面こうかてきめんだったわ。
 ありがとう、てけてけちゃん。
 わたし、涙出てきたわ……いろんな意味で。
 とか安堵した直後、お露ちゃんがくちを開いた。
「でもまぁ……確かに〝走る事〟は、この方のアイデンティティーですから奪うのは忍びないですわね」
 ……イヤな予感しかしない。
 この幽霊ひとがプラスアルファを提案して、ろくな展開になった事が無い。
「んだよ? 急に同情的だな、お露?」
「いえいえ♪  要は〝人間の脅威にならないように走り倒せばいい〟だけの事……でしたら♪ 」
「「うん?」」

「ファ●コンウォーズが出ぇぇぇるぞッ!」
「ファ●コンウォーズが出ぇぇぇるぞッ!」
「母ちゃん達には内緒だぞッ!」
「母ちゃん達には内緒だぞッ!」
「「のめり込めッ! のめり込めッ! のめり込めッ! のめり込めッ!」」
 グラウンドから聞こえてくる意味不明な自己鼓舞じここぶの合唱──二宮さんとてけてけちゃんだ。
 お岩部隊、兵隊増えた……。
 くして〈てけてけちゃん〉も解決。
 わたし、次のシフト非番は井戸掃除……涙!

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