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『折り鶴が舞い降りる』

昨夜から降り出した雪は

今朝になっても降り続き

あたりをすべて静寂な

白一色の世界にしていた。

高校1年生の舞子は

いつものように学校に向かったが

自宅から学校まで徒歩三十分程の道が

降り積もった雪によって

白く覆い隠されていた。

見慣れた風景は全て白く染まり

舞子は自分がどこにいるのか

分からなくなってしまった。

「いったいここは何処なんだろう」

音もなく降り続く雪は

舞子を白く染めていき

舞子の意識はだんだん遠のいていった。

学校には舞子の居場所がなかった。

朝、教室に入って

「おはよう」と声をかけても

誰も挨拶を返してくれない。

クラスの皆は舞子に見向きもしないで

いくつかのグループに分かれて

談笑している。

座席は入学当初のまま

出席番号順に並んでいて

舞子の席は窓際の一番後ろだったが

まるで教室の後ろ隅に隔離されているような

孤独感があった。

窓際の後ろから二番目の席

つまり舞子の前の席に

「陽子」という名前の子がいた。

舞子と陽子は入学当初から気が合い

お互いを「舞ちゃん」「陽ちゃん」

と呼び合い

まるで姉妹のように

仲が良かった二人だったが

陽子は夏休みを境にして

舞子に何も伝えずに転校してしまった。

夏休み明けに担任からの説明で初めて知り

舞子はショックを受けた。

親しくしていたのに

なぜ話してくれなかったのか・・・

舞子の前の席はずっと空いたままになった。

おとなしい性格の舞子とは対照的に

陽子は誰とでも仲良くなれる

明るい性格だった。

高校に入学したばかりの頃

陽子は休み時間になるたびに

折り紙で折り鶴を折っていた。

「なぜ折り鶴を折っているの」

舞子は折り鶴を折る理由を聞いてみた。

「祖母が入院しているの。お見舞いに千羽鶴を作ろうと思って・・・」

「早く元気になるようにとひとつひとつ願いを込めて折っているの」

「私にも折らせて。心を込めて折るから・・・」

陽子が魂を込めて折っている姿を見ながら

舞子は言った。

それからしばらくの間、休み時間になると

ふたりで折り鶴を折るようになった。

折り鶴に命を吹き込む共同作業は

舞子にとってとても楽しかった。

ふたりにとって折り鶴は

単なる「紙」で折った鶴ではなく

命を宿した生き物のようにも思えた。

陽子は手のひらに折り鶴を乗せて

満面の笑みを浮かべながら

「このまま空に飛んでいきそうだね」

と言った。

陽子がいなくなってから

クラスの皆から避けられているような

違和感を舞子は感じるようになった。

まるで魂の抜け殻のような舞子の佇まいが

他を寄せ付けなかったのかもしれない。

屋上へと続く階段を上りきったところにある

踊り場は二人にとってはお気に入りの場所で

昼休みにお弁当を食べたり

放課後に他愛もない話をして過ごす

贅沢な空間だった。

踊り場にある扉には

「立ち入り禁止」の張り紙があり

鍵がかかっていて

屋上へいけないようになっていた。

陽子がいなくなってからも

舞子はその場所に足を運んだ。

陽子との思い出を確かめるためだったが

居場所のない舞子が

避難する場所でもあった。

ある日の昼休みにその場所に行くと

鍵がかかっているはずの扉が開いていた。

舞子は不思議に思いながら

屋上に足を踏み入れると

そこには一人佇む女子生徒がいた。

舞子と彼女の視線が交わり

どちらからともなく会釈をした。

「いつもは鍵がかかっているんですけど・・・」

舞子は訝しげに言った。

「私、鍵を開けることができるんです」

と彼女はこともなげにそう言ってから

「教室には私の居場所がなくて・・・」

と言って寂しげな顔を舞子に向けた。

「私もそうなんです」

舞子は共感した。

会話が弾んだように思ったが

不思議なことに後で振り返ってみると

その時どんな話をしたのか

思い出せなかった。

それ以来、昼休みになると

舞子は引き寄せられるように屋上へと向かい

彼女との会話を楽しんだ。

彼女についてわかっていることは

上履きの色から同じ一年生だということと

扉の鍵を開け閉めできて

扉が開いているときに

彼女が屋上にいるということだった。

舞子が不可解に思ったことは

同じ一年生なのに屋上以外の場所で

彼女を見たことがないということだった。

やがて舞子は気になる噂を耳にした。

過去に屋上で飛び降り自殺があり

それがきっかけで屋上が

立ち入り禁止になったということだった。

まさか彼女は・・・

舞子は思い当たる節があり胸騒ぎを感じた。

舞子は彼女に会って確かめたかったが

その噂を聞いて以来

彼女に会うことはなかった。

ある日、いつものようにその場所に行くと

ずっと閉まったままだった扉が開いていた。

前夜から降り出した雪が

屋上一面に敷きつめられていた。

降り積もった雪の上を歩いて

足跡をつけることが楽しかった・・・

舞子は無邪気な子供の頃を思い出しながら

自分の存在を確かめるように

一歩一歩雪面に足跡をつけていった。

ふと気配を感じて振り返ると

彼女が舞子を見つめながら佇んでいた。

彼女がゆっくりと近づいてきたとき

舞子は彼女の正体を確かめることができた。

雪面に彼女の足跡がついていなかったのだ。

彼女は舞子に向かって

静かな口調で話し出した。

「私はここから飛び降りて自殺したけど、自殺しても居場所がなくて・・・」

「自殺しなければよかったとすごく後悔しています。」

「居場所って自分で作るものだということがわかったし・・・」

「私のことを大切に思ってくれた家族や友人がいたのに・・・」

彼女の話を聞いているうちに

だんだんと意識が遠のいていき

気が付くと舞子は雪面に独り

仰向けに横たわっていた。

視界いっぱいに広がる冬空から

真っ白で綺麗な雪がふわりふわり舞い降りて

あたり一面を白く染めていた。

「いったいここは、何処なんだろう」

舞子は起き上がろうとしたが

身体が動かなかった。

「このまま雪と同化して、雪と共に解けて消え去るのも悪く無い・・・ 」

スローモーションのように

ゆっくりと舞い降りてくる雪をみていると

まるで空中を浮遊しているような

不思議な感覚があり心地よかった。

舞子は静かに目を閉じ

その心地よさに身をゆだねた。

「舞ちゃん、起きて」

聞き覚えのある声が聞こえてきた。

舞子が目を開けると

舞子を覗き込む陽子がいた。

「舞ちゃん、ごめんなさい。黙って転校しちゃって・・・」

「実はいじめを受けていて、学校に行かれなくなってしまって・・・」

「一番ショックだったのは、舞ちゃんと一緒に折った千羽鶴をお見舞いに持っていこうと思ってロッカーから出したら取り上げられて教室の窓から投げ捨てられたこと・・・」

「他のみんなは見て見ぬふりをしていて・・・」

舞子は陽子がいじめを受けていたことに

気付かなかった。

陽子はいじめにあっていることを

周囲に気づかれないように

明るく振る舞っていたのだ。

そのとき舞子は神秘的な光景を目にした。

雪がやんだと思っていたら

無数の折り鶴が空から

ふわりふわり舞い降りてきたのだ。

「舞ちゃん、起きて」

陽子の声と共に自殺した彼女の声が

どこからともなく聞こえてきた。

「自殺しても居場所がなくて・・・」

「居場所って自分で作るもの・・・」

すると突然、舞子の身体が宙に浮かんだ。

舞子が横たわっていたのは雪面ではなく

巨大な白い折り鶴の背中だった。

その心地よい浮遊感によって

舞子の意識は静かに遠のいていった。

右手に温かいぬくもりを感じ

再び目を開けると

舞子は病室のベッドの上にいた。

ベッドの傍らで陽子が舞子の右手を

両手でしっかりと握りしめていた。

舞子は学校の屋上から

飛び降り自殺を図った。

幸い降り積もった雪がクッションになり

一命はとりとめたが

意識不明の状態が続いていた。

舞子は意識を取り戻したが

夢と現実の区別がつかなかった。

舞子が今見ている光景が現実だとすると

夢と現実が奇妙に一致していた。

現実ではいじめを回避するために

陽子は転校し

いじめにより精神的に追い詰められて

舞子は飛び降り自殺を図った。

二人に共通していたことは

弱い部分を見せたくないという

気持ちがあって

いじめにあっていることを

周囲の人に知られたくなかった

ということだった。

ベッドサイドには千羽を超える折り鶴と

一際目立つ大きな白い折り鶴が飾られていた。

大きな白い折り鶴を折ったのは陽子だった。

人間は、目の前にあるものを

五感を使って認識しているが

五感では認識できなくても

実際に存在しているものがある。

舞子は今見ている世界が

全てではないと思いながら

窓越しに外の景色を眺めた。

窓の外では、無数の折り鶴が

空からふわりふわり舞い降りていた。

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