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目をあけて夢を見る話

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ふとした瞬間に訪れる、白昼夢の記録。
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目をあけて夢を見る話

 寝て夢を見る。これは当たり前。寝て起きたらきれいに忘れる。これもよくある。
 寝ていないときでも夢は見られる。こう言うと一気にうさんくさい。
 

 私はふとしたときに夢を見る。紙――実際はPC画面だが――に向かって、ありえないことをまるで事実のように知覚しながら書きだすことがある。急行電車の通過駅を窓からながめ、そのホームに立って通り過ぎる電車を見ている自分を感じる。夜の散歩で、傾いた月を横目

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ねぢを巻いて祖母を惜しむ話

 寝る前に電気を消そうとしたら、先に寝た祖母が紙をおいていったのを見つけた。
「時計のねぢ 頼む」
 体のちょっと竦むのをおぼえながら手に取った。
 祖母はなんでも伝えないと納得をしない人で、私がいたなら耳元へやってきて頷くまで言い続けるし、たまたま私がいないと書置きをする。私は耳の悪い祖母のいやに大きな声が時折カンにさわるので、今日は書置きでよかったと思った。
 赤い油性ペンでキチキチと書かれた

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幕裏で猫を燃やす話

寺山修司『狂人教育』の舞台に出た。
本番前、平坦な心で客や受付の人の気配を伺うのが好きだ。とはいえぜんたいに静かすぎてすぐに飽きてしまった。耳と目をもてあますとすぐに空想が繁栄する。ざわざわとツルをのばす物語に感覚を明け渡すのは、子供が遊ぶのを遠くで見るのに似ている。
幕裏で床と人の呼吸と熱を帯びた黒布に囲まれながら夢を見た。

 箪笥をあけると。ぐるぐるした部屋がある。
 家族みんながそれを知っ

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花を捧げもって首を拾う話

 知り合いの葬式に出た。
 知らない人と知っている人が半々くらいに座っていた。知らない人ほど目が合うと知っているような顔をして頷くのはなぜだろう。こどもがひとりもいない中に一人若い私が座って居心地の悪さを尻に敷いていた。
 喪服のよそおいは好きだった。家族はみなどこか厳かにみえた。
 母の膝を見ていると花を差し出された。ラナンキュラス。たぶん違うけれどもラナンキュラスという名がとっさに浮かんだので

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舌を噛みながら骨壺に挨拶する話

 師匠の前で謡い終わって扇を置くなり、舌の横を噛んだ。鉄臭い。師匠はの見台を脇へやって、菓子鉢をぽかっとあけた。宜しくお願い致しますと頭を下げたために菓子鉢の中身が見られなかった。その惜しさに見た夢。

骨壺に年始の挨拶をしていた。
つらつらと長口上を並べたがひとつも意味なんぞ分かっていない。
誰かから教わったものが耳から口へ滑り出している。
口上はちっとも終わらなくていいかげん口の端がしびれてき

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チーズの穴で手を繋いだ話

 小さい頃は好きだった生ハムが、最近塩辛すぎて受け付けない。チーズも辛い。昔は苦手だった、乳の匂いの強い種類や青カビやニンニク味がおいしい。ワインも渋いがおいしい。などという話をしたら面白がられてチーズを頂いた。硬い黄色い、トムジェリに出てくるようないかにもなチーズ。でも穴があいていない。残念。

 ひとかけら口に運んだ瞬間に見た夢。

白い肌の女の子が隣に座っていた。
公園の、おおがかりな滑り台

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足を踏んで蛇になる話

 改札で前の人の足を踏んだ。あっと声が出た。目の行き所がなくて振り返ると後ろの人が気の毒そうに見ていた。前から唸り声が聞こえた。ポケットに定期をしまう仕草でごまかした。電車に乗ったら、足を踏んだ人が向かいに座っていた。まともに目が合った一瞬に見た夢。

藪の中で蛇をさがしていた。
蛇は、しっぽを踏むとピンと棒のように伸びてしまうらしい。
そんな話を聞いて、へぇと思った。
気づいたら藪をかきわけてさ

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人違いされて終末を見た話

 バス停に人が溜まっているのを見て朝から辟易した。これはバスが行ったばかりだ、しまった。近所のバス停は時刻表通りに来た試しがないので、たまたまバスをみかけて走るか、じぃっと待つか、だ。待ちだすとなかなか来ない。嫌がらせかと思うぐらいに来ない。子供はだいたいぐずって、塀を登ろうとして見たり、草を抜いたりして親の顔を歪ませている。他の大人にならって携帯を開こうにも、充電がない。手持無沙汰に待っていると

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鞄を替えて睨まれる話

ながらく使っていた鞄をある日突然手放した。やわらかい防水生地のリュックサックに本を詰め込んで使っていたが、黒い大きな手提げにかえた。大量の紙をリュックサックに詰め込んでいると背中が弓なりになるほど重い。それに身じろぎすると人にぶちあたって睨まれる。黒い大きな手提げは親のおさがりで、色が褪せている。分厚い布地がうっすらと汚れて象の肌のようだ。バスの中で膝に抱えるとそれは均等な重さで横長にのしかかっ

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血管の中で子供が叫ぶ話

 舞台に立ってしまえばそれは一流れに終わってしまうが、練習は何度でもぶり返してきてしかも記録というものがある。参ったな。

 台本を持たないと二本の手はずっと体の横で暇そうにしている。二本の足が心もち後ろへ傾いて生えている。落ち着かない腰がゆらゆらしている。舞台から自分の姿の他すべてが消えている。

 セリフの言いだしを忘れて上を向いた。血が下がる一瞬に見た夢。

街中で歓声を聞いた。
四方八方に

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電車の向こうに墓場を見る話

 春になりかけの、あのウロウロする陽気に翻弄されている。二日暖かければ三日寒い。今日は着こみ過ぎたと次の日の服を減らすと、大いに冷えて眉の間をひくつかせる羽目になる。ぬくい上着は全部クリーニングに出してしまったのでもっぱらカイロが頼りだ。寒い日に困るのは駅のホームで待つあの時間。風が信じられないほど冷たいが待合室は煙臭い。けっきょく、若い人は吹きさらしの中で列をなす。

 向こうと背後のホームには

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切符を買っておかしな交換をされる話

 息せき切って改札に駆け込んだらバーに腹を押された。定期の期限が昨日きりで切れていた。電光掲示板とバーを見比べて、さらに駅員と目が合って、後ろの人に舌打ちされて、そっと遅刻を覚悟した。券売機の動作を待つ間に見た夢。

クッキーの箱を開けたら空だった。かけらも残っていない。
それはそうだ。底が抜けていた。
買ったところに引き返してみたらポップコーンの屋台だった。
底の抜けた箱をあげたら、ポップコーン

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鳥を道連れに枕に沈む話

 眠いのに眠るわけにはいかなかった。枕に鼻を押し付けて蕎麦殻の感触を転がしている。通知が来るたびスマホが光る。目の端が激しく光るたびにゆるやかな眠気の輪が遠ざかる。何度目かの点滅に見た夢。

大きなガラスを海に浮かべて、うつぶせにねそべっていた。
ガラスの下で小魚の群れが渦を巻くのを眺めていた。
鳥が降りてきては板をつついた。
大きな魚が渦を突き通していった。
渦はやがて深い青の底へくだっていった

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図書館の廃棄椅子で旅をする話

 大学の図書館に気に入りの場所がある。地下書庫なのでそもそも暗く、埃っぽい空気が液体のように溜まっている。金属の床を踏み鳴らしながら奥へ行く。排気か暖房用の太いパイプが迫り出して、さらに暗い一角。そこに椅子と机がおいてある。卓上ライトもないので誰も使わない。私が時折昼寝に使うくらいだ。今もそこへ出掛けて行って昼寝をしようとした。まどろみかけた一瞬に見た夢。

回転椅子に座って机に肘をついて、すごい

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