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1年という月日を振り返ってみると

1 year anniversary

カップルの投稿でよく見るこのお祝いメッセージ。
自分には関係ない言葉だと思っていたが、先日私はついにこの日を迎えた。自分は恋愛不適合者かもしれないとずっと思ってきたのでとても感慨深い。
当日は、去年告白してもらった日に訪れた六本木でささやかにランチを食べた。
食べながらふと物思いにふけ、私たちの関係性もこの1年で大きく変化したことを懐古した。強くなったという言い方がいいのかもしれない。

特に彼は、昨年起きた会社のサーバー攻撃をきっかけにパニック障害を患った。

初めて症状が現れたのは9月で会社から共に帰宅している途中、電車の中で突如過呼吸になった時だった。心身共に疲労が溜まっていた時期だったので本人も私もあまり深刻に捉えなかった。そのまま症状は悪化して12月頃には電車に乗れなくなる日々が続き、年明けにはパニック障害と診断された。
彼は真面目な性格だが塞ぎ込んでしまうタイプではなく、むしろ外では強気なキャラだったこともあり本人のショックは計り知れなかったと思う。そんな彼の希望で当初は彼の両親にも会社にも私の親にも相談できなかったので彼と私の2人だけで受け止める必要があった。
当時の私はパニック障害に対する知識はほぼ皆無だったし、”たかが1年足らずしか一緒にいない彼女”という存在の私に何ができるのか?そんな葛藤を本人や周りにぶつけることもできず、不安で仕方なかった。

最も病状が深刻だったのは2月頃で、会社から家まで通常なら40分で帰宅できるところを2時間半かけて帰ってきた日があった。電車に乗ると一駅で息苦しくなるから家まで歩いたそうだ。疲れ果てた彼にどう言葉をかけるべきか分からなかった。
以前は私もあまり細かく聞かないようにこの類の話は避けていたが、このままではもっと深刻になるかもしれないと思い、ついに本人に真剣に話そうと伝えた。  

そもそも私は彼氏や家族など自分に近い存在ほど真剣に話すことがなぜか苦手だった。でも今回はそんな話は抜きにして「どうにかせねば」と使命感に駆られたのである。逃げることもできたけど、そこに迷いはなかった。

自分の家族に対して元気だと嘘をついて誰が幸せになるのか?
大丈夫だと強がって会社に行けなくて困るのは自分だけではないのではないか?
唯一知っている私も共倒れしたらどうするのか?
まずこの病気はどういうもので、快方へ向かうためには何をすべきなのか?

少し調べたらわかることだが、この症状はある日突然訪れる。そして一度味わったその恐怖は簡単には拭えず、何度も繰り返し起こることも稀ではない。現在のストレス社会を生き抜くには他人事ではないし、私だっていつか突然同じ状況になるかもしれない。周りに心配をかけたくないと思う彼の気持ちは痛いほどわかるが、ならばより未来の自分のためにも病気と向き合うべきだと涙ながらに言った。

納得した彼はその後すぐに家族へ伝え、職場の上司やカウンセラーにも相談した。彼は「自分の精神が弱いからなってしまった、ずっと恥ずかしいことだと思っていたけど周りに隠さなくていいんだと思うとスッキリした」と言っていた。素直に人の意見を聞き入れてすぐに実行できるところは、私が彼を最も尊敬する部分だ。

それから半年が過ぎようとしている。当初電車に乗る前に毎日飲んでいた薬は全く服用しておらず、マッサージ等に行って体の疲れを取り、趣味のダンスを定期的にしたりカウンセラーや精神科との定期的な会話もあって症状はだいぶ落ち着いたように感じる。つい先日訪れたディズニーシーではアトラクションの閉鎖感がダメで落ち込んでいたが、だったらパーク内で映え写真を撮ればいいと気持ちを切り替えて楽しむことができた。完治したと思っていた最中だったが、ここで焦らずに捉え方を変えられたのは一つの成長だと思う。
私自身も小1の頃五月病になった経験がある。毎年GW最終日に漠然とした不安が襲いかかり、食事が喉を通らず夜も眠れなくなり小学校に行こうと思うと吐いてしまった。今振り返ると、家族と過ごす楽しいGWの後、日常に戻ったら3つ離れた妹につきっきりの母や仕事で帰りが遅い父に対して感じる不安だったのかもしれない。中学受験勉強で忙しかった小5の頃には自然と治り、その後も色々な経験を重ねていくうちに全く発症しなくなったが大人になった今もGW明けは少し怖い。
今は昔話としてよく人に話すが、案外話してみると私も最近こういうことがあって〜と打ち明けてくれる人も多い。誰だって漠然とした不安を抱えることがあるから、そんな自分を責める必要はないと声を大にして言いたい。

そういえば、私は彼に「仮に私たちが別れてもKにはまた別のどこかで幸せになってほしいと思うから聞いてほしい」と言って話し始めた。それくらい損得勘定抜きにしてKを思っているという意味だったが、この発言は1年を迎える前の人間が言うべきではなかったと深く反省している。あまりにも分かりづらすぎたな、と。

1年経っても私の不器用さは課題であり、でもそんな不器用な私なりにKと向き合った貴重な時間であった。今後も色々なことに対して根気強く向き合っていきたい。

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