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短編_2L入りの宇宙 1/4

【あらすじ】
 夏生と龍はある計画のために早朝のバイトを始めた。そのバイト前、様々な人が行き交う駅のベックスコーヒーで時間をつぶしながら、二人はそれぞれにとって「真剣な話」を語りだす。
(この小説は4つの記事に分かれています。それぞれの記事は約1000字で、3~4分程で読み終わります)

 先に着いたのは今日も夏生の方だった。土曜日の朝の静かな改札口、夏生は電光掲示板の時計を見上げた。6時50分を過ぎた頃だった。あと少しで集合時間だというのに、ベックスコーヒーの窓際の席に龍の姿は見当たらなかった。今日もいつもと変わらない土曜日になりそうだった。店に入ると、咲さんは相変わらずテキパキと働いていた。
「夏生くん、おはよう! 今日もバイトなの?」
「そうなんです。だいたい毎週イベントがあるので」
「朝から働くね。龍くんは?」
「あいつは今日も寝坊です」
「まったく」
 咲さんはため息をつきながら、左右を確認した。
「……今日もサラダ付けとく?」
「いいんですか?」
「まかせて。パンはハムたまごの方だっけ?」
「そうです。で、ホットコーヒーを……」
「もちろん、なみなみにね」
「いつもすみません」
 夏生はメニューにないセットに300円だけ支払って提供口へはけた。咲さんはパンをトーストしている間にサラダをかっぱらい、トレーの上に載せた。そしてすぐに踵を返して、今度はコーヒーを注ぎだした。その悪びれる素振りのない、流れるような手さばきを見ていると、夏生は笑いそうになった。咲さんにこんなことをさせている自分が恥ずかしくて、また面白かった。
「ゆっくりしてってね」
 焼けたパンからは写真以上にハムとたまごがはみ出し、コーヒーはカップのギリギリまで注がれていた。夏生はこぼさないように細心の注意を払って席まで運んだ。

 咲さんは夏生と龍の同級生である新太郎の姉で、二人は小さい頃から面倒を見てもらっていた。(当の新太郎はフランスの大学に進学していて、今は日本にいなかった)昨年就職した咲さんの配属先がたまたまバイト先の最寄り駅であるのをいいことに、二人はバイトが始まるまでの時間を咲さんの下で過ごした。そのバイトとは、駅前の広場で開催されるマルシェの会場設営と荷物の運搬だった。朝が早いのと重労働なところが身体にこたえたが、一日働けば1万5千円の稼ぎになった。二人は貯めたバイト代で新太郎に会いに行く計画を立てていた。だがフランスに行くには、一番安い航空券でも片道15万円かかった。それは二人にとってとてつもない金額だった。単純計算でも一年近く働いて、しかもそれを使わずにとっておかなければならなかった。ある時夏生はこの計画の大変さを咲さんにこぼした。すると咲さんは感に堪えないというように頷いて、以降二人の注文を値引きするようになった。

(続く)

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

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