見出し画像

短編_ボール・ラブ・ラーメン

【あらすじ】
 高速道路の上で立ち往生した僕とヒロ。痺れを切らした二人は周りの車にコーヒーを配って回る。するとお礼に訪れた青年を皮切りに、道路の上では小さな見世物小屋が開催される。
(文字数:約2700字。文庫本で6ページ程度、10分ほどで読み終わります)

「ダメだな、動く気がしない」
 ヒロはそう言って車のエンジンを止めた。
「このままじゃ頭がおかしくなる」
「仕方ないだろ、事故なんだから」
「一体どんな事故だよ。人でも死んだのか?」
 高速道路の上で立ち往生してから、かれこれ30分以上が経っていた。たしかにヒロの言う通り、僕らはそろそろ我慢の限界だった。代り映えのしない景色にはうんざりしていたし、腰とお尻は座り疲れて痛くなっていた。
「ちょっと行ってくる」
「どこに?」
「あのトラック」

 ヒロは車を飛び出し、数台先のトラックの前に回り込んで手を振った。トラックの運転手はドアを開け、なにやら言葉を交わすと、ヒロをトラックの座席に引っ張った。僕はやっとヒロのしたかったことがわかった。
 ヒロが帰ってきたのを見計らって僕は外に出た。すると途端に物が焼けた焦げくさい臭いとガソリンの臭気が鼻を突いた。
「だいぶ大きな事故らしい。結局トラックからもよく見えなかったけど、会社から連絡があったって」
「運転手の?」
「そう。どれくらいかかるかわかんないってさ」
 辺りは遠い現場から風を伝って流れてくる喧騒と、待ちくたびれた人々の焦燥が混ざり合い、物々しい空気に満ちていた。だがヒロは至って健康そうだった。むしろようやく現実を目の当たりにできたことを喜んでいるかのようだった。

「インスタントのコーヒーってなかったっけ?」
「あるけど、後で飲む分がなくなるよ」
 僕らは友人たちとキャンプに向かう道中だった。
「いいよ、後のことなんか。今日の予定はもうパーになったんだし」
「実際どれくらいかかるかな? 1時間か2時間?」
僕は冗談の一つでも言ってみたくなった。
「まさか今日はここでキャンプだったりして」
「まじかよ。最高だな」
 こうなれば思いのままにやるだけだった。僕らはキャンプ用の電源を使って湯を沸かし、コーヒーを作った。ヒロは先にできた一つをトラックの運転手の元へ持って行った。それならと思い、僕はありったけのカップにコーヒーを淹れて周りの車に配った。
「まだまだ時間がかかるみたいです。コーヒーでも飲みましょう」
 と僕は声をかけた。みな驚きながらも、最後にはこっちが照れくさくなるくらい「ありがとう」と返してくれた。

 しばらく経って後片付けをしていると、一人の青年がやってきた。
「さっきはごちそうさまでした。あの、お礼といってはなんですけど、ちょっと見せたいものがありまして」
 青年は脇にボールを挟んでいた。
「サッカー?」
「フリースタイルです。ボールを落とさずにいろんな演技をします。まあ、見ててください!」
 青年は道路脇のスペースに移動すると、リフティングを始めた。軽やかなタッチでボールを弾ませ、膝の後ろに挟んだかと思うと、今度はそこから空中にボールを上げて頭の上に乗せた。僕たちは拍手で応えた。すると、すぐ後ろの車からノリのいいパーティーミュージックが爆音で流れ始めた。全開に開けたドアには若い女がもたれかかっていた。彼女はかけていたグラサンを外すと、僕らと青年に目で合図を送った。青年は親指を上げてグットサインを返し、なおもリズミカルにボールを蹴ってアクロバットなトリックを決め続けた。いつの間にか周囲には大勢の人が集まり、道路脇は小さな見世物小屋と化していた。

 青年の演技が大きな喝采を受けて終わると、今度は若い男女が進み出てきた。
「僕たちは来月結婚式を挙げます。少し気が早いですが、みなさんの前で永遠の愛を誓います」
 人々は冷やかすような歓声を上げた。
「彼女は?」
「私も、誓います」
「では誓いのしるしを!」
 とヒロは景気よく言った。音楽はバラードに変わっていた。二人は恥ずかしそうに眼を見合わせた後、キスを交わした。その時、人々の頭上をドクターヘリが過ぎていった。グラサンの女は慌てて音量を上げたが、風を切るヘリコプターの爆音にバラードは敵わなかった。ならばとばかり、人々はさっきより大きな歓声を上げて二人を祝福した。「おめでとう」という言葉の内容と人々の声量はあまりにもマッチしていなかった。だがそんなところが僕らには可笑しかった。

 気づくとヒロは車の傍でまた何かに湯を注いでいた。振り返ったヒロは両手にカップラーメンを持っていた。
「どっちの味がいい?」
「なんだよ今度は」
「早食い競争。カレー? シーフード?」
「シーフード」
 注目を浴びるのはあまり得意ではなかった。だが目の前に出されると急に食欲が湧いて、もう食べること以外考えられなかった。
「僕らは早食い競争をします。汁まで飲み干した方の勝ち。さあ、勝つと思う方の前に集まって!」
 人々は思案しながら僕らの前に集まった。愛を誓った夫婦はヒロを選び、グラサンの女はDJに徹するらしく自分の車の前から動かなかった。

「レディーファイッ!」
 僕は麺を一気に持ち上げて口へ運んだ。高速道路の上で人々の注目を浴びながら食べるカップラーメンは格別だった。だが味わっている暇はなかった。ヒロに賭けた人々は「カーレェ、カーレェ」とコールを生み出してヒロを鼓舞した。声援を受けたヒロはあっという間に麺を食べ切り、僕に向かって余裕の表情を見せた。僕に賭けた人々は焦ってシーフードコールさえままならず、ただ悲嘆に暮れて叫ぶだけだった。だが僕は熱いものに対しては自信があった。僕は麺を飲み込みながら、落ち着くようにジェスチャーで訴えた。そして遂に麵を食べ切ると、一気に熱い汁を喉に流し込んだ。勝負は僕の逆転勝利だった。僕は人々とハイタッチを交わして勝利を喜んだ。するとそこに、トラックの運転手が姿を現した。
「そろそろ動くらしいぞ」

 僕らは一瞬にして現実に戻った。人々は笑い合ったり、握手を交わしたりしながら、自分たちの車に戻っていった。べつに別れを惜しむこともなければ、再会を約束することもなかった。
「最高だったな。負けたのは悔しいけど、史上最高のカップラーメンだった」
 車に戻るとヒロはそう言ってエンジンをかけた。
「なんか不思議だった。あの人たちは一体誰だったんだろう」
「誰でもいいじゃんか。どうせすぐに忘れるし。おお、動いた動いた!」
 窓の外の景色はようやく動き、車はだんだんとスピードを上げていった。

「なあ、やっぱりこの事故って何人か死んでるよな?」
「死んでてほしいのかよ」
「そういうわけじゃないけどさ。でもその方が、なんていうかリアルでいいよ。高速で事故ったら普通に死ぬんだ。最悪だけどな。でもその最悪が今の俺らにはピッタリくる。せめて焼け跡くらい見つけられないかな」
「見てどうすんだよ」
 ヒロは僕の問いには答えずに、注意深く辺りを観察しながら車を運転した。その様子は好奇心の強い子どものようだった。ヒロは本当に目の前に起こったことを見てみたいだけだった。僕にはそんなヒロが少しだけ恐ろしかった。

この記事が参加している募集

文学フリマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?