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「正直者が馬鹿を見る」ではなく 「アホはアホ」 289

「正直者が馬鹿を見る」と思ってきた。
世の中ずる賢い人たちがいるので「騙されたりする」と
思ってきた。

でも、違う様である。
「アホはアホ」ではないか?と.....
「アホ」なので騙されてもわからない。....
「アホ」なので知らない(無知).....
良い様に騙される。

正直者であれば、馬鹿を見る前に気づきそうである。
自分でなんとか出来そう(回避出来そう)である。
考える力があるのだから。


「アホ」は
「アホ」なので何を騙されても、損をしても
分からない(知らない)だけではないか?

ふっと、そんな気がしてきた。

違うだろうか?
賢ければ、「バカを見るわけはない」
騙す方も相手を選ぶはずである。
騙す事ができる!と思ってだますのだから。
「アホ」を選ぶのではないだろうか?


それとも、「アホ」は「騙された」ということさえ
「気づいて居ない」ということか?


正直ものがバカをみるのは、
「一生懸命がんばっても、利益が自分に戻ってこない」と
いうことか?


アホとは愚かである。ということ。
愚からだから、アホをみるということ。

どちらにしろ「アホはアホ」

アホをどうにかしないといけない。
「アホ」はいるのだろうか?

本間者の「アホ」がいればみてみたい。
ある程度の「アホ」は誰にでもある。


時折「アホ」になるだけである。
「アホ」は悪いことなのか?

賢いことだけが全てなのか?
賢くなければいけないのか?

「アホ」の価値を考えてみては、どうか?
案外「アホ」にも価値はある。


つまらない事を書きました。
「アホ」な部分があっても
人間ぽくて良くないですか?

最後まで読んで頂き有難うございます。
感謝です。


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