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北の大地の縄文時代 ふりかえりと共に 

今年訪れた多くの縄文遺跡や博物館、
そのどれにも驚きや気づきがあり、縄文時代の時間の長さとその奥深さを感じる日々でした。
とりわけ北海道の縄文文化は、新鮮で印象深いものとなりました。


この手、この足は⁉

北海道では本州にはない珍しい遺物に多く出会いました。
手形付土製品てがたつきどせいひん」「足形付土製品あしがたつきどせいひんもその一つ。

恵庭市郷土資料館

縄⽂時代晩期の墓の跡から⾒つかった、ちょうど幼児の手足と同じ位の大きさの土製品です。
墓から見つかったということで、亡くなった子どもへの副葬品と思われます。

本州では、子どもの足形を捺した土版どばん(土でできた足形)はありますが、このように足や手をそのまま象ったものは見られないようです。

手首には縦長の穴や小さなハート形にも見える文様があり、ゆるやかな波状の装飾があります。
この小さな手や足が、愛する子どもへのせめてものプレゼントであるかのように感じられます。

厳しい気候と永遠に広がっているかのような北の大地、本州とは違った死生観や弔いの方法があることを知りました。

noteがご縁で 「北海道博物館」

以前からのファローさんが、
この☟記事に初めてのコメントを下さいました。
なんと記事の写真の中に、ご自分のシルエットを見つけられたのです。
そう、凄い偶然!同じ時間に、同じ北海道博物館の展示室にいたのです。

そして彼女は、この7月に出版された〝北海道の縄文遺跡や展示施設を紹介するガイドブック〟『北の縄文さんぽ』の編集に関わられたとのこと!早速ネットで購入しました。

『北の縄文さんぽ』の冒頭には、
〝難しことは置いておいて、「おもしろい!かわいい!カッコイイ!」そんな目線で選びました。〟とあります。
その言葉のとおりに写真やイラストが多く、気軽にペラペラとめくれる親しみやすいガイドブックになっています。

これを手に北海道へ旅する私…今から思い描いています。

『北の縄文さんぽ』ド二ワ部 種田梓
デーリィマン社

たった1つの小さな土偶 「北黄金貝塚」

縄文ファンでなくとも、一見の価値あり!と思える「白い貝塚」。
遠くに海を望み、広大な丘にある貝塚は、写真映え間違いなしの絶景でした。

この⾙塚遺跡から⾒つかった、唯⼀の⼟偶がこちらです。

縄文時代晩期 約3000年前から2300年前

「北黄金貝塚」は、今から約7000~4500年前の縄文時代前期に作られました。

この土偶は貝塚ができた後の縄文時代晩期のもので、長い縄文時代に人々が繰り返しこの地に住んでいたことを教えてくれます。

僅か3~4㎝ほどの小さな土偶、
頭部は簡単な表現があるだけですが、体にはまるで宇宙服のようなしっかりとしたVの字。
迷いのないくっきり彫られた痕跡は、この土偶に込められた毅然とした思いを伝えているようです。

地味に凄い!石棒 「キウス周堤墓群」

独特のドーナツ状の墓、
指標となるものを置かない「土だけの世界」は、広い北海道でもこの地域に集中する珍しい墓地でした。

その中から見つかったのは、日本最大級の石棒。
石棒
はその形から男性を表していると考えられ、土偶と同じく「祈りの道具」であったと推測されています。
日本各地の遺跡から多数見つかっていますが、私が今まで記事に取り上げたのはごく僅か。土偶や土器に比べてバリエーションが少なく、シンプルな造形に魅力を感じられずにいました。

千歳市埋蔵文化財センター

長さ93㎝の石棒は、石の棒の両端に細工が施されている両頭型と呼ばれるものです。

これを作るには、93㎝以上の大きな石を砕き、削り、細い棒状に整える…。
金属のない縄文時代のこと、石でできた道具を手にどれだけの時間と労力を費やしたことでしょうか。

ここでようやく、造形の面白さ以外の石棒の魅力を見つけたように思えました。

オシャレ番長 「カリンバ遺跡」

驚きの「赤の世界」カリンバ遺跡。
*ベンガラと赤ウルシの鮮やかさは、想像以上に華やかな縄文文化があったことを伝えてくれます。
※ベンガラ︓鉱物由来の染料

他に類をみない装身具の数々、
赤い墓の中からは、装身具を身に付けたまま埋葬された姿が考えられています。

その全身を見ると頭から服に至るまで、いくつもの装身具で彩られています。
ウルシ塗りの髪飾り、サメの歯の頭飾り、ヒスイやコハクの首飾り…その素材の種類の多さ、優れたデザインや技巧は唯一無二。
「装う」ことへ飽くなき探求をしたカリンバの人々!
日本のファンションの原点がここにあったように思えてきます。

恵庭市郷土資料館

北海道の縄文時代に思いを馳せて

北の玄関口、新千歳空港。
その建設に伴う工事では、300ヶ所以上の縄文遺跡が見つかっています。きっと今でも、発⾒されず眠っている遺跡が いくつもあることでしょう。

この大地に登る朝日を、私たちと同じように見ていた縄文人たち。
何千年の時を経ても、眩しい太陽の光に感じるものは同じだったのではないでしょうか。

この一年間、お読みくださる方に支えられて、
記事を書き続けることができました。
心から感謝申し上げます。

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。

のんてり

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