見出し画像

【本要約】なぜ「戦略」で差がつくのか-戦略思考でマーケティングは強くなる-

はじめに

経営戦略、マーケティング戦略、広告戦略、営業戦略・・・。企業は、たくさんの「戦略」で溢れている。日常的に多く使われる割には定義や意味が曖昧なので、ビジネス現場で混乱や誤解を招く原因にもなっている。「重要な」という意味で形容詞的に使われたり、「政治的な判断」と同義で使われたりと、「戦略」という言葉の使い道は多い。しかし、これらは、戦略の本義ではないし、思考の道具としての戦略を実践的に使う用法を示すものではない。分野ごとに戦略の専門家といわれる人物も存在するが、その専門家が使っている「戦略」と、自分たちが普段使う「戦略」が同じとは限らない。つまり、「戦略」は、いまだにかなり曖昧な単語ということだ。
それぞれの会社や組織において「戦略」の意味をきちんと定義付けられていれば、その組織においては機能するはずだが、実際のところ「戦略」の定義を明確にしている会社は多くない。定義付けていたとしても、日常的な使用に耐えない長文で指定されているかもしれない。戦略は思考の道具である。シンプルな方がいい。
あなたが仕事の中で「戦略」という言葉に触れる機会が多いと感じているなら、試しに「戦略が必要でない状況」を説明してみよう。いま使っている定義でうまく答えられるのであれば、すでに実用的な概念をお持ちかもしれない。もしそうでないないなら、この本は新しい知見やヒントを提供できるに違いない。より的を射た議論が出来るようになるだろうし、戦略の恩恵を多く得ることになるだろう。
そのために、まず言葉の定義から話を進めていくことにする。そして、実践に供するための戦略の概念と、思考の道具としての使い方を説明する。これから示す内容は、著者が経験した外資系企業や日本企業のマーケティング部門で共有してきた戦略概念でもある。大量のデータから消費者を理解し、ブランドのビジョンを描き、ブランドを管理・運営し、社内外の調整をしつつも、日々競合と対峙し「戦略」を組み上げ、戦略的に考えた戦略性に富むマーケティング計画を生み出していくべきマーケティング担当者のための、実践的な方法の説明である。同時にマーケティング担当者以外でも、戦略の考え方を理解するのに役立つことだろう。あなたの日々の判断や契約立案が、今までより「戦略的」になれば本書の目的は達成されたと言える。

1.戦略を定義付ける

戦略を定義するための出発点

戦略と混同されがちな4つの概念
「戦略の定義とは?」。マーケター育成を目的とする社内セミナーを行う際に、私が最初にする質問である。出てくる答えは様々だけれど大きくは「計画」「目的」「ビジョンや理念」「方針」にグループ分けできる。そこで二つ目の質問としてこれら四つと、戦略との違いは?、という問いを投げかけると多くの受講者はうまく答えられないことが多い。「例えば・・・」と具体例から説明を始める回答者が多く、汎用性のある概念的な説明ができる人は少ない。戦略の概念が明確になっていないというのがその一つの理由である。事象を概念的・抽象的に理解し、説明すること自体に慣れていないという理由もあるだろう。本章では「計画」「目的」「ビジョンや理念」「方針」が戦略とどう異なるのかを最初に見ていこう。これら四つの単語と、「戦略」との違いに着目することで戦略が持つ特徴的な側面が明らかになっていくはずだ 。
概念① 戦略は「計画」なのか 
まずは計画から始めよう。計画とは物事を行うためにあらかじめ方法や手順などを考えること、あるいはその方法や手順そのものを指す。戦略とは計画であるという回答は、その「計画」を戦略と呼ぶという考え方だと理解すれば良さそうだ。同時に、計画の成り立ちを考えた時、その計画は何をよりどころに作られるのかを考える必要がある。特に、計画が具体的な行動計画に類するものであるとき、計画の立案を導く方針や指針があると無理や無駄のない計画が作れそうだ。また関連する複数の計画にも一貫性が出るだろう。具体的な計画の立案を助けたりする機能を持つべきものがあると都合が良い。それこそ戦略ではなかろうか。だとすると戦略は計画よりも上位の概念であるはずだ。戦略は方向性を指示したり取捨選択して計画を作ったりする際の、判断基準を示す働きを期待されている。ここに戦略と計画には大きな違いがある。
概念② 戦略は「目的」なのか
次は目的である。目的も戦略と同じ意味に使われることが多い。「我々の戦略は消費者満足の最大化である」や「どこよりも安い価格で提供するのが戦略である」などはこの例だ。消費者満足の最大化は目的たりえるし、どこよりも安い価格で販売するというのも目的となりうる。計画の場合と同じように、多くの文脈において戦略と目的は同義語になる。これも戦略を考えるにあたって大きな誤解につながっている。しかし、目的と戦略にも大きな違いがある。戦略は目的をどうやって達成するかを示すべきものであって、目的そのものであるべきではない。戦略が、具体的な行動計画を導くものであって、計画そのものではないように、目的は戦略が達成を助けるものであって、戦略そのものではない。 
概念③ 戦略は「ヴィジョンや理念」なのか
ビジョンや理念も戦略と同義化しやすい概念のひとつである。「我々のビジョンは消費者満足の最大化である」も「我々のビジョンはどこよりも安い価格での提供である」も、ともに通用しそうだ。ビジョンや理念と戦略の混同の原因は、目的の場合と同じである。表現の上ではビジョンや理念と、戦略は互換性がある。しかし、意味となると、戦略とビジョンや理念の間には違いがある。ビジョンや理念は個人なり組織なりが求める究極的な達成や、存在理由を示すものである。説明を要さないほどに絶対的な善であることが多い。全人類が平和でありますようにというビジョンに異を唱える人はいないし、全ての消費者の満足のためにというビジョンにも異を唱えにくい。こういったビジョンや理念には基本的に説明は必要ない。誰しもが正しいと思えることだからだ。同時にビジョンや理念はそれをどう達成していくかの直接的な方法を指し示すものではない。ここが戦略との大きな違いである。
概念④ 戦略は「方針」なのか
戦略が方針あるいはもっと具体性は強めて指針であるという考え方は、戦略がどう機能するかという側面を上手く捉えている。広く見れば、戦略は方針のひとつだと考えても良い。目的を達成するために実行計画を策定する際、方向性を指示し、選択を迫ったり、選択肢を提供したりすることもあるだろう。具体的な計画のように、目的を達成する方法が従属するのであれば、方針や指針であることが戦略の作用を明確に説明してそうだ。そこで本書では戦略は、目的を達成するための、なにがしかの方針・指針であると考える。どのような方針であるのかは、順を追って説明していこう。
なぜ戦略が必要なのだろう
理由① 達成すべき「目的」がある
戦略が必要な第一の理由は、「達成すべき目的があるから」である。対偶で説明するなら、「達成すべき目的がなければ戦略は必要ない」となる。あまりに自明かもしれないが、組織は、目的が明確でない計画や行動に満ちている。そもそも人間は明確な目的をもって生まれてきているわけではないのだ。
「このサンプリングの目的は何ですか?」という質問に対して、「一人でも多くの消費者に製品を渡すことです」と回答されたことがある。会話になっているように聞こえるが、これではサンプリングという行動の記述に過ぎない。サンプリングの使用者にサンプリングの体験をしてもらいたいのか、自ブランドの使用者に新しいアイテムを追加使用してもらいたいのか、競合ブランドの使用者に製品体験を通して自ブランドの優れた点を認識してもらいたいのか。目的によって最適なサンプリングの仕方は異なるだろう。一人でも多くの消費者に製品を渡す、という目的しか設定できてない場合よりも、きっと効果的なサンプリングが出来るはずだ。
全くの無目的で行動を起こすことは少ない。特に、ビジネスにおいては何がしかの表層的な目的はある。問題は、どれほど明確に目的を意識しているかである。目的をいかに明確にするかが、その後の行動計画と有効性に極めて大きな影響を及ぼす。
理由② 「資源」に限りがある
「目的」の存在以外にも、戦略が必要な条件がある。それは「資源」には限りがあるということだ。もし、資源が無限であれば、考えたことをすべて実行すれば良いのだから戦略はいらない。しかし、資源は常に有限である。例えば重要な資源の一つである時間。どれほど莫大な資金を用意できたとしても、目的には時間制限がある。売上目標の達成時期、新商品の導入時期、さらにメールを一つ打つ、にしても期限はあるはずだ。もちろん、有限の資源は時間だけではない。どれほど膨大な量を揃えることができたとしても、人材にも、資金にも、製品技術にも限界はある。限界があるがゆえに。達成手段について、取捨選択しなくてはならない。すなわち、資源をいかに配分するかということである。ここに、戦略を持つことに意味が生まれる。どこに、どういった優先順位で、どの程度の資源を使うのか、戦略がその指針を提供しなくてはならない。
戦略とは「目的達成のための資源利用の指針」
戦略は有限の資源を持って目的を達成する時に必要である。ということは、戦略を定義づけは、「目的達成のために資源をどう利用するかの指針」となる。数え切れないほどの戦略論が出版されているが、本質的には「目的」と「資源」の二つの要素に集約される。あまりに簡単すぎて不安になる読者もいるだろう。しかしながら、簡単であることは重要なポイントなのだ。これは、戦略という概念を実際に運用し、思考ツールとして活用するための定義だからである。戦略という概念自体が難しすぎては、戦略を組み立てるという「目的」を達成するための、時間や労力といった「資源」を無駄にしてしまうかもしれない。
戦略があるとなにがいいのか
戦略がある利点
利点① 効率的に資源を運用することで、効果的に目的を達成することが出来る
利点② 経験値を獲得できる
利点③ 意思決定に役立つ
利点④ 計画に一貫性と安定性が出る

2.「目的」を解釈する

目的にはいいものとそうでないものがある

いい目的を持つことの意義
では、良い目的とはどのようなものだろう。そして、良い目的が設定されていると何がいいのか。ひょっとすると、明確な目的設定の効用を明確に理解していることが少ないかもしれない。詳細な目的の議論に入る前に整理しておきたい。
良い目的の設定がなかった場合には次のような事態が発生することが多い。どこを目指すべきなのかが不明確になり、遠回り、寄り道、逸脱が頻発する。そもそも、目的が曖昧なままだと、今近道を進んでいるのか、遠回りをしているのかさえ判断できなくなる。遠回りというのは、最短距離に対する概念であるから、最短距離が分からなければ遠回りかどうかさえ分からない。逸脱も同様である。目的が不明確であっても行動計画は策定され実行されていく。なぜなら組織は、行動を是とするものであるからだ。曖昧な目的に基づいた行動計画は、人々を忙しく働かせるけれど、大きな成果につながるような働き方になりにくい。目的とはあまり関係なく設定されたスケジュールに合わせて、行動自体が目的化した組織運営になることも多い。目的の設定があることで、どこを目指すべきかが明確になり、それゆえ現場の進捗を把握でき組織チームを目的達成のもとに結束させられ、その達成確率を上げられるということになりそうだ。もちろん投下した資源に対する成果は無目的な状況下よりも満足のいくものになるだろう。これらがいい目的を持つこと、すなわちいい目的設定をすることの効用である。

いい目的を設定する強い味方-SMART

解釈の余地なく目的を表現する
SMARTとはSpecific(具体的),Measurable(測定可能),Achievable(達成可能),Relevant(関連性がある),Time-bound(期限設定)で構成されている。ひとつずつ説明していこう。
Specific(具体的)
具体的であれば解釈の余地を小さくできる。具体的であるためには、数値化しておくという方法がある。「市場でのリーダーシップの確立」という代わりに「10%の金額市場シェア」と表現することで具体性が格段に上がる。ここに読み手の解釈の差が入り込む余地はない。
Measurable(測定可能)
具体的に記述すると、必然的に測定可能になっていく。同時に単位を明確にしていると事もここで要求される。10%の市場支援を目的に設定したとしても、測定できなければ意味がない。市場シェアは数量シェアなのか、金額シェアなのか。具体性と測定可能性は二つセットで用意すると良い。数値化し測定方法が定まっていること。出来れば、必要な精度を示しておくと、目的達成か否かで無駄な議論を避けることができる。
Achievable(達成可能)
達成可能を担保するというのは簡単なことではない。簡単ではないが、ここをきちんとしておかないと、非現実的な目的を設定することになり、結果的に戦略自体に意味がなくなってしまう。そうした事態を避けるには目的の種類に合わせて適当な手段で実現可能性を測っておこう。過去の実績を参考にするのはよく使われる手法である。帰納的に可能性を測る。ただしこの便利な方法には大きな問題がある。文字通り、過去の延長線上に未来を見ていることである。もちろん、時間の流れは過去から未来をつながっているが、世の中には不連続の出来事もたくさんある。不連続を分かりやすく言い換えれば、今までに経験したことのない大成功や昔なら夢想もしなかったような成果のことである。自転車では1日かけてもたどり着けなかったところでも、自動車なら簡単に行ける。自転車の経験だけで自動車の限界を推し量るべきではない。過去のものさしに固執しすぎることで、大きな成長や達成を自ずと抑制することにもなりかねない。そこで、もう一つ方法がある。先の帰納的なやり方ではなく、演繹的な方法である。過去の実績に依存するのではなく、論理の積み上げで目的の達成可能性を予測する。帰納法的な考え方が必ずしも保守的だというわけではないものの、過去を前提とした未来の想定という考え方自体が、慎重すぎる結論をもたらすことも少なくない。その点、演繹的に検証するのであれば、新しい試みが過去の実績に抑圧される可能性は少なくなる。過去の経験に基づけば不可能だと予想されることも、論理を積み上げることで達成の可能性を客観的に推察できる。特に過去には持ち得なかった資源の考え方を導入する場合には適用してみる価値がある。過去の束縛を逃れ、経験したことのないような成果をもたらす道を理性が示すかもしれない。ただし、帰納法であれ演繹法であれ、いずれにしても完璧に未来を見通す方法はない。ここでの達成可能性は確実に達成できるというよりも、確実に達成できないことを排除したものと考えても良い。帰納的にも演繹的にも、達成が不可能なのであれば、その目的は変更した方がいい。あるいは資源を強化する必要がある。ビジネスに限らず達成可能であるかどうかというのは、目的を設定する際にはとても重要である。達成可能性のない目的は根拠なく士気を高める以上の意味を持たない。
Relevant(関連性がある)
多くの組織は階層構造を持っている。通常、社長を中心とした取締役会が意思決定の機関を構成する。ここで会社の重要な決定がなされる。その決定に際しては、会社のビジョンや理念との整合性、会社が現在採用している戦略との整合性に基づくのが基本だ。ここでの決定は、下部組織が達成すべき目的として各部門に伝えられる。製品開発部門にとって、新工場の建設は、新市場でのニーズの高い製品群が、この新工場で滞りなく製造できることを指す。営業部門とマーケティング部門にとっては、新たな生産能力を最大限活用するために、新市場での売り上げが担保されることを指すだろう。このように、新しい工場の建設を成功させると言う各部門の共通の目的は、それぞれに解釈し直されていく。それぞれの部門が達成すべき目的に対し、それぞれの部門は意思決定をし、計画を持つ。それぞれの計画は今度は各部門内の各部署の目的となる。上部組織の計画は、下部組織の目的になり、さらにチーム、ひいては各個人が達成すべき目的へと細分化されていくだろう。これが関連性があるの意図である。上位組織の戦略や計画との一貫性は、全社の方向性との関連性があるという意味だ。これを明示することで、それぞれの部門や部署の戦略は、互いに補完的になるはずで、あちらの部門とこちらの部門がバラバラの目的を達成しようとしている事態は避けられる。
Time-bound(期限設定)
時間の流れを止めることはできないが、最大限有効に使った場合とそうでない場合の差はとても大きい。締め切りを与えられた方が勇猛果敢に攻められるという人もいれば、時間的猶予として示された方が創造的になりやすいという人もいるだろう。いずれにしても、いつ目的を達成するのかという期限設定は間違いなくしておくべきである。1分遅れてもバスには乗れない。遅れて達成された目的は全く意味をなさないことも少なくない。

「目的」を別の角度から眺めて、再解釈する

深く理解するための再解釈
SMARTというのは、あくまで目的を設定する時の表現方法である。これによって、目的を誤解なく、解釈の余地なく、明確に設定できるが目的設定の創造性を高める訳ではない。一方、戦略策定のプロセスを通して、創造性を引き出すために貢献する重要なプロセスの一つが、目的な再解釈である。「解決すべき問題がうまく定義付けられた時点で問題の半分は解けたようなものだ」という言葉がある。問題をどう観察するか、どの時点から見るかによって、どの問題も立体的で、多義的であることがわかる。そして、最も解決しやすい角度というのも見えてくるはずだ。難しい問題であっても。解決しやすい角度から、再解釈することで従来とは違った解決策に気付けるかもしれない。

「目的」を再解釈する具体的な手法

思考のスイッチを入れる質問
質問①「何が問題か?」
「目的」という未来・将来にあるべき状況を目指すのではなく、現在の足下に固執する手法だ。今、目の前にある問題は何か。その根源的な理由は何か。どんどん掘っていくのである。ここでは、なぜと聞き続けることが、問題を掘り進める上で強力なスコップになってくれるだろう。5回も、何故そうなっているのかを繰り返せば、相当に根源的な問題に突き当たるはずである 。
質問②「ある場合とない場合」
もう一つの質問が、「ある場合とない場合」というものである。この質問は曖昧な目的のまま、行動やプランが想定される場合に特にうまく機能する。議題が分からない会議。上司がやれ、と言うから計画する販促プラン。新工場の建設といった大規模プロジェクトですら、あるいは大規模プロジェクトであるからこそ、関係者全員が同じ意図と背景事情を共有しているわけではないこともある。目的が明確でない場合は、なんとなく漠然と行動を起こすのではなく、この行動が、ある場合とない場合、何が違いとして発生するかを考えてみよう。どういう違いなり、変化なりを期待できそうか、新商品の投入がある場合とない場合、上司のアイデアを実行した場合としない場合、会議をした場合としなかった場合。もし、たいした変化がないあるいは、全く変化がないのだとしたら、その行動自体に意味がない。大した意味がないのだとすると、やらないという選択肢も出てくる。
質問③「私たちが顧客に提供しているものは?」
組織や会社、事業についての戦略策定であれば、ビジョンや理念に立ち返ってみるのが至高のきっかけになる。もし、ビジョンや理念があまり明確でなかったり、そもそも存在しなかったりという場合、自分のビジネスが顧客に何を提供しているのかを明確にし直してみるといい。「自分のビジネスが顧客に何を提供しているか」というのは、実にパワフルな質問である。モノは経験や行為を具現化する手段にすぎない。コレクターズアイテムや骨董品のようなビジネス以外では、製品の所有は究極の目的ではなく、製品は便益の経験を提供する手段である。このように考えると、自分のビジネスが顧客に何を提供しているのか再定義できる。洗剤会社は洗剤を売っているし、消費者は洗剤を買っているけれど、本当は洗剤の使用を通して、「洗濯されて汚れのない衣類」や「いつも綺麗に洗濯された服を子供に来させているという親としての満足を得ている」のである。製品あるいはサービスの向こう側に、消費者の購入理由が見えていれば自分たちが何者であるかわかるはずである。

3.「資源」を解釈する

「資源」を解釈しなおす

そもそも資源とは何か
そもそも資源とは何か。目的の達成の為に使える全ての有形無形の資材、資産や人材などを指す。いわば使えるものは何でも資源である。重要なことは、資源には必ずしも、資源らしい見かけてないものがあるということで、一見無用に見えるものが、光り輝くこともある。一般的には、資源を保持し運用するには、コストが発生するという認識も重要である。人件費、マーケティング予算、研究開発費などが全て、投資あるいは費用として計上される。大量の資源を保有するということは大きな投資や費用を負担するということでもある。資源の効率的な利用を目指すのは戦略の本義であるから、資源の維持に必要な投資や費用は常に意識しなくてはならない。同時に資源の中には、特別な投資や費用を必要としないものもある。すでに組織に内包されていて、あなたの負担を必要としない、知識や経験。あるいは既に提供している製品やサービスに内包されていながら有意義な形で活用されていない要素などがこれにあたる。
資源を考えるにあたっての4つの象限
では、戦略を立案し実行する戦略主体である我々には具体的にどのような資源があるのだろうか。ザックリと、ヒト、モノ、カネといってもいい。しかし、これだけだろうか、それともまだ他にもあるのだろうか。保有する資源を網羅的に把握するためには2種類の属性を意識するといい。2種類の属性を組み合わせると四つの象限ができる。それらの象限を一つずつ考え、議論することで、貴重な資源を見落とすリスクを減らすことができる。
一つ目の属性は資源の帰属先である。組織内の資源と組織外の資源に分けることで資源の見落としを防ぐ。二つ目の属性は顕在性を示す属性である。一見して分かる資源と、一見しただけでは分かりにくい資源に分けることで、利用可能な資源を見つけることが容易となる。この二つの属性軸を垂直に交わらせて次の四つの象限が作られる。①内部資源②外部資源①内部資源になりそうなもの④外部資源になりそうなもの。それぞれについてひとつずつ考察していこう

資源を考える①内部資源

内部資源とは社内組織内、そして自分で保有している資源であり、随時直接的に利用可能なものだ。ここでは、人材、製品技術製品やサービス、資金や予算、営業力、製造技術や流通技術、ブランド、経験や知識、過去のプランに分けて説明していこう。
・人材
組織にとって優秀な人材の確保は最も難しい資源調達である。同時に、他の資源と違って効用の安定性が低い。頭数で何人と数えられるものの、必ずしもこちらの一人とあちらの一人は同じ一人分ではないことが多いし、今年の一人と来年の一人も同じ一人分でないことがある。優秀な人材が運用する1億円と、そうでない場合の1億円では効果が異なることがある。よく考えれば当然のことながら、現実では見逃されることの多い効用だと言える。経験年数や人数は分かりやすく客観的な指標の一つかもしれないが、一面的で限定的であると言わざるを得ない。ブランドマネジメントにおいては、自社ブランドの運営は人材によってなされている。これは競合においても同様でありながら、競合ブランドの人的特徴はあまり顧みられない。言い換えると競合ブランドと競争している以上に、競合ブランドの担当者と競争しているという認識が欠如していることが多い。競合に手練れのブランドリーダーがいて、対峙しなくてはならなくなったら、こちら側の資源が多少多めだったとしても、油断するべきではない。この認識は市場の競争環境の見方を変えることがある。競合ブランドの担当者の傾向を過去の施策などから知っておくことができれば、競争相手の今後の方向性を理解するうえで役立つだろう。
・製品やサービス
自らの製品技術製品又はサービスを持って、消費者が認識しやすい持続的な競争優位を、確立できるのであれば、これは素晴らしいことである。とはいえ、そういった状況は頻発するものではない。標準化された市場調査や競合各社の研鑽によって、市場の均質化が進み、物やサービス自体が持続的な差別化を維持することは難しくなってきている。市場や消費者動向を理解するために、同じような市場調査を各社が実行すれば、それぞれが同じような市場・消費者像を把握することになる。そしてそれらの理解に基づいて、製品化をすれば、自ずと製品は似たものになっていく。少なくとも目指すところは、似たものになる。起業家の能力によほどの差がない限り、製品技術において決定的な優位を確立する可能性は高くない。これが製品やサービスのみに基づいて、持続的な差別化を維持しにくいわけである。製品技術や製品は、人材よりも外部から調達しやすいのは重要な特徴だ。基礎研究や自社があまり得意としない技術については、他社・他業種の提携などによって補完可能である。こういった完全自社開発ではない製品開発の方法をオープンイノベーションと呼ぶこともある。製品そのものに関して言えば提携先からの OEM供与などは、よく知られた手法である。
資金や予算
資金や予算の特徴的な側面は極めて融通の利く流動性の高い資源である。同じ資金をマーケティングに投下してもいいし、営業に使ってもいい。柔軟に使用できる社内資源である資金は戦略の選択肢を広げる。また、資金はその他の資源の強化・維持のための源泉となる点も特殊である。人件費として営業を強化するか、技術開発費として製品開発を強化するか、あるいは工場に投資して生産能力を強化するか選択可能である。さらに資金はお金である。企業の場合、最終的な目的やその達成手段として利益の確保を考える必要がある。お金は資源でありながら目的にもなる。資源と目的の直接的な関連を如実に示す独特の存在である
営業力
営業力は内部の資源でありながら、その強さは競合の状態との比較において図られることが多い。特に店舗などを自社で持たない場合、売場や店頭の棚を巡って競合先と直接的な対決をすることになる。自社の商品を、定番棚に置くことで、競合他社の商品が定番棚に入らないということが起こる。製品そのものやブランドも競合との比較で評価されるべきものではあるが、売り場や店頭の棚ほど直接的な排他性はない。この直接的な排他性ゆえに、商品の購入場所への出荷や露出は極めて強力な資源になる。欲しくても売っていなければ買えないし、目の前にあれば欲しくなるということもある。
営業力を資源として考える場合、もう一つの特徴はその構造性にある。営業力において競合を圧倒することができれば、競争環境を有利に維持しやすいのである。そして、この強大な営業力はセールスの人員とリベートなどの営業支援によるところが大きい。業界によっては長年の関係性もあるかもしれない。これらの要素はつまり構造的である。構造的であると競合からしてみれば短期間で競争力をつけるのが難しい。結果的に長期にわたって競争優位を提供してくれることも多い。
製品技術や流通技術
製造技術とは製品開発能力のことではなく、製品をいかに製造するかをいう。生産に関わる技術である。同じ製品であっても、より安く早くロスなく正確に作れた方が、競合上有利になる。そのぶんの価格を抑え、不良品率を下げられれば、消費者満足を高めやすくなる。そして、流通技術とは工場で生産されたものをいかに全国、あるいはよその地域に搬送するかという技術である。一般的には工場から遠い市場へはコストが高くなるし、近い市場であれば安くなる。流通技術を発達させることでこれらのコストを下げられることがある。自社の製品カテゴリーにもよるが流通技術が洗練されていると、それ以外の分野への投資を増やすことができる。派手さはないかもしれないがロジスティックスは、軍事戦略においても非常に重要な項目である。優秀な流通技術を持つことで有利な競合状態を生み出しやすくなる。
ブランド
ブランドについてはいろいろな考え方が定義がある。それぞれを尊重したいがブランドマネジメントの実践では、「ブランドとは意味である」と考えると理解しやすい。そして、その意味はブランドが提供するベネフィット、つまり便益であるといい。ブランドは製品やサービスの名前として始まることが多いが、便益を意味として獲得していくと、資源として有効に使いやすい。効果的に確立されたブランドの効用は、長期間という時間的長さだけにしか適用できないものではない。同時期に横への展開を可能にすることもある。製品分野ではなく、ブランドが有する意味に基づいて、ビジネス領域を拡大できるようになるのだ。ブランドが持つ意味や連想は場合によっては、何十年以上も利用可能な資源となることがある。資源としての価値が損なわれるようブランドに関わる体験が便益や意味と一貫性を維持し続けられるよう常に細心の注意を払うべきである。
経験や知識
知識の分類には一般的な目的として得られた知識と、副産物として得られた副次的な知識に加えて、共有可能性に基づいたものもある。知識を資源として活用する上で知っておくと便利なので説明しておく。個人的な経験に基づく知識を暗黙知と呼ぶ。一般的に経験が豊かであればあるほど、有用な知識が蓄積されていき、個人で利用可能な資源が増えていく。忘れてしまったときに失われるということを除けば、個人の利用において暗黙知の蓄積は推奨される時ことだ。ただ、暗黙知は個人の脳内にあるものなので、共有しにくい。そこで暗黙知を形式知化することで大きな集団や組織でも知識を広く共有することが可能になる。形式知とは暗黙知の反対、つまり文章や図を持って説明できる状態の知識を言う。暗黙知と違って経験の共有を経ることなく、知識のみを共有することができる。効果的に形式知化された知識は時間の壁を越えられる。つまり、形式知化することで、ひとつの成功事例あるいは失敗事例を、全員の成功体験あるいは失敗体験とすることができる。

資源を考える②外部資源

外部資源とは、ビジネスで運用する戦略を考える際には、バリューチェーンを見渡すことから始めると抜け漏れなく資源を網羅的に把握しやすい。さらに、バリューチェーンのそれぞれの段階で、資源としてアクセス可能なパートナーや要素を見直していくと、外部資源を網羅することが可能だ。代理店、メディア媒体、取引先、提携先などは比較的わかりやすい外部資源の提供元になる。
代理店
ビジネスパートナーとして協働する各種代理店は、外部資源の代表格と言えるだろう。ブランドマネジメントにおいては、各種広告などのコミュニケーションの内容を企画する広告代理店、実際の制作に当たる代理店、それらの内容を効果的に配信するメディア計画立案をする代理店、実際にメディア媒体の購入をする代理店、広報活動を担当する代理店、パッケージなどのデザインをする代理店、店頭マテリアルのデザインや制作を担当する代理店、消費者プロモーションを担当する代理店、Webやデジタルな領域を担当する代理店、あるいは消費者調査を担当する代理店など共に働くマーケティング関連代理店は多岐にわたる。
代理店を外部資源として有効なアウトプットを提供してもらうために、重要なコツがある。このコツは、戦略についての考え方の延長線上であることから、皆さんにとってはすでに難しいことではないはずだ。つまり達成すべき目的と使える資源を彼らに明示するのである。同時に自分たちが想定できる範囲内で、戦略も提示する。代理店との議論を経て彼らの持つ資源によっては戦略が書き換えられることもあるだろう。この時点での戦略の書き換えは代理店が持っている資源の最大活用につながるので正しいことである。目的と資源、それ等に基づく戦略に加えて、確実に盛り込んでもらいたい具体的な指示を、解釈の余地がないように記した文章を一般的に、クリエイティブブリーフと呼ぶ。実はこのブリーフィングの技術はマーケティング関係の代理店と働く時にのみ機能する技術ではない。ヘアカットしてヘアスタイルを整える、メイクを頼む、結婚式を挙げるなど数え上げればきりがない。自分にはない専門性をもつスタッフや、代理店に仕事を依頼し自分でやるよりもずっとうまくやってもらうだけでなく、自分の予想や期待を超えてもらうための技術だと言い換えてもいいだろう。このように自分の外部資源として専門家に最大限に力を発揮してもらうために必要となるのが、目的と戦略を明確にし奮起できるような伝え方をするというブリーフィングの技術である。

資源を考える③認識しにくい内部資源

多くの企業や組織は、即座には認識しにくい資源を有していることがよくある。一般的には資源と認識されなくても、見方を変えたり環境を整えたりすることで、立派な資源となり、時には極めて強力な競争優位をもたらしてくれることもある。言わば資源になりそうなもの、である。認識しにくい内部資源を探す作業を助ける一つのヒントは、費用が多くかかっている項目をよく見ることである。費用が多くかかっている項目というのは、意識の有無にかかわらず、その部分に相対的に多くの資源を割いていることを意味している。すぐに費用削減策を練るのではなく、多くの投資や費用をかけた資源を、うまく使う方法を見つけられれば強力な資源を解放することになるだろう。

資源を考える④認識しにくい外部資源

資源には認識しやすいものと、認識しにくいものがあり、認識しにくい資源が決定的な戦力差になるかもしれないことが分かった。認識しにくい資源は内部だけでなく、外部にも存在するし、同様に決定的な競争優位をもたらすこともある。
政府・業界
政府の規制や業界団体の自主基準などは、頻繁に変更されるものではないが、変更があった場合には我々の行動に多大な影響を与える。関連する分野の専門家や研究者などオピニオンリーダーと呼ばれる人たちの、見解にも場合によっては、大きな影響を及ぼすことがある。こういった要素を管理不能な環境要因と捉える場合も少なくないが、外部資源として積極的に働きかけることは不可能ではない。
ユーザー
特にブランドマネジメントにおいてはロイヤルユーザーを極めて重要な資源であることが多い。ロイヤルユーザーとはいわばブランドのファンである。ロイヤルユーザーに対して的確にメッセージを配信することで、口コミを誘引したり、彼らの家族や友人といった社会的なネットワークで、ブランドを進めてもらったりすることもできる。直接的なマーケティング活動ではないので、面しての効果を期待しにくかったり、コントロールが難しかったりという不安定さは否めない。しかしながら、コマーシャルではないが故のメッセージの信憑性や、効果が非常に強力であることも多い。
競合
競合の活動は、最も認識しにくい外部資源の一つ。だが、甚大な影響力を持つこともあるのが、競合の活動そのものである。競合の次の一手が前もって予想されている場合、彼らが実施するマーケティングあるいは、販売計画を自分たちのブランドや事業に優位に機能させることは不可能ではない。

4.戦略の効用

戦略を持つことで何が変わるのか

戦略を持つことの意義を考える。戦略の定義が明確になり、その構成要素として、達成すべき目的と、そのための資源があることがわかり、それぞれについて解説を進めてきた。この章では、戦略を持つことで何が期待できるのかを明らかにしていきたい。まず戦略を持つことで、目的を達成する確率を上げられる。そして、同じ達成であってもより良く達成できるようになる。いずれも達成すべき目的が明確になり、動員される資源が効果的・効率的に使われるようになることが原動力となる。
意義①成功確率が上がる
なぜ成功確率が上がるのかを考えるにあたって成功しなかった場合、つまり失敗した場合から考えを進めてみよう。失敗した理由は、次のどちらかあるいは両方に集約されるだろう。
①資源量に対して目的が高すぎた、目的に対して資源量が少なすぎた、あるいはそもそも目的が何だったのか不明だった
②資源量は十分であったのに、組み合わせ方が悪くて資源を十分に活用できなかった
①は目的の設定についての問題である。目的が不明、曖昧、といった場合には当然ながら目的は達成しにくい。②は資源の運用についての問題である。資源の総量ではなく、使い方やその効用が十分に発揮できていなくても目的は達成しにくい。戦略があることで、目的が明確になる。少なくとも何が目的かわからないという事態は避けられる。目的について議論をすることで資源とのバランスが著しく悪いという事態を避けやすい。失敗確率が下がるということは、結果的に成功確率を上げることに繋がっていく。
意義②再現性の確保
一発勝負の一回だけなら偶然の成果というのもある。たまたま一回、偶然が重なって奇跡的な成功を収めることもあるだろう。プロフェッショナルとアマチュアの大きな違いの一つは、プロフェッショナルは再現性をもって何度でも同様の成果を出せるということであろう。生まれつきの強運に恵まれなくても、整合性のある戦略があれば、成果の再現性を担保できる。
ではなぜ戦略が再現性を担保する事になるのか、達成すべき目的と関連する各局面が明らかに示されていれば、それぞれの資源が各局面に与える影響を想定できるし、その想定に従って観察できる。どこまで達成でき、どこで障害が現れたのか、そしてその障害はどのように目的の達成を妨げたのか構造と仕組みを理解することができる。次回は、その障害を構造的に取り除けるようにしておけば、成功の再現性に繋がる。あるいは成功要因をさらに強力に推進すればいい。戦略を持つことが、ビジネスをいき当たりばったりの博打から、構造と仕組みを理解する科学へと転換を促す。
意義③意思決定を助ける
意思決定は簡単なものではない。何かに決めるということは、取捨選択をするということである。意思決定の難しさは、捨てることの難しさである。特にビジネスにおける意思決定に関して言えば、そこに説明責任も発生する。上司へ、関連する他部署へ、株主へ、取引先へ、そしてもちろんその意思決定を実行する組織やチーム、部下に対して説明しなくてはならない。感情や直感による意思決定では理路整然とした説明がしにくい。良い戦略があることで意思決定をしやすくなる。何を達成すべき目的とし、どのような資源が入手可能なのか明示することができれば、何を捨ててもいいのか判断もつきやすくなる。もちろん、意思決定の説明も難しくない。戦略が意思決定の大義になり、根拠になり、説明として使えるからである。すべての関連する人や部署が戦略という大義のもとで一致団結できる。

戦略があれば不測の事態に対処できる

対処①そもそも本当に重大な事態なのかを確認
不測の事態の発生に際して、最初にすべきことはその不測の事態はどのように、そしてどの程度に、予め規定された目的や再解釈された資源に影響を与えるかという測定と理解である。不測の事態そのものの大きさだけで、動揺すべきではない。人間が大きな恐怖を感じる状況に、対処法をよく理解できていないという場合がある。大きな変化があるという曖昧な状態で感じる漠然とした恐怖は、具体的な目的や資源への影響を把握した後では、大きく減らせているはずである。少なくとも対処すべき問題として明示されていれば、脅威ではあり得ても、恐怖ではなくなっているだろう。
対処②代替策、緊急策の事前準備
代替案や緊急策を事前に考えておけば、問題の発生直後から迅速に回復策を起動することができる。想定外の事態というのは、実はそれほど多岐に渡るものではない。マーケティングの4 Pを借りれば、製品、プロモーション、チャネル、価格のそれぞれについて考えておけば大きくは外さない。製品については製品を製造できない、製品の販売を継続できない問題が発生した。プロモーションについては、全国でプロモーションを停止しなくてはならない事態になった。チャネルについては、全国でリコールが必要になった。流通・配荷できない状況が生まれた。価格については、競合とのその価格差が劇的に変化したなどが、すぐに考えられる。ブランドチームはそれぞれのPについて最悪なシナリオを一つか二つ想定し、事前に行動計画を用意しておくといい。

戦略と再現性に固執する

戦略がその拠り所とする、達成すべき目的と、投入可能な資源に大きな変化がない限り、当初の戦略に固執することは論理的に正しい。意思決定を翻したくなった時には戦略に立ち返ることで思いとどまり踏みとどまれることが多い。新しい情報、競合環境の変化、想定外の内的・外的変化があった場合には、常に戦略を見返してみると良い。目的や資源に大きな変化を与えないのであれば無視するといい。そうすることで組織の無用な資源の浪費を抑え所与の目的の達成確率を高く維持できる。

5.戦略を組み立てる

戦略を組み立てるための思考法

戦略について考えるとき、戦略を組み立てていく部分に創造性が発揮されている印象を持つ方が多いかもしれない。考え方で言えば拡散的思考のプロセスだと捉えられがちである。この方法で効果的な戦略の組み立てができる人もいるかもしれないが、例外的である。なぜなら拡散していっては選択も集中もできないからである。一つ二つの方針に確定することも難しい。戦略を組み立てる過程というのは、慎重に選んで確定していく作業であるべきだ。最終的には限りある資源の、最も有効な使い方を示したいのだから、拡散してしまっては戦略として用をなさない。
拡散的思考法はむしろ目的の再解釈や資源の再解釈において発揮されるべきものである。別の角度から別の視点で見てみる、解釈を変えてみる、これらの再解釈の作業は自由で創造的な視点と思考の跳躍を必要とする。戦略の組み立てにあたっては、収束的な思考の過程を採用するのが選択と集中を促すという戦略の本質に沿っている。拡散したアイデアを取捨選択し、論理に従って積み上げていく作業をすることになる。説明してきたように戦略の考え方において最も大きく差が出るのは、戦略を構成する材料である「目的」と「資源」の用意の仕方の部分であって、戦略を組み立てる作業ではない。

戦略の階層

上位概念の手段は、下位概念の目的となる。ここまで戦略を目的と資源で説明してきているので、ここでの手段は資源と理解した方がスッキリするかもしれない。時間を遡ることであるいは、大きな概念から局地的な概念に向かうことで目的と資源を転換していく。
各事業部や部門の「目的」はより、大きな組織である会社の「目的」を達成する「資源」として機能する。全社レベルの「目的」を達成する手段として事業部や部門の「目的」が設定され、それぞれの達成が全社レベルの「目的」を達成するための「資源」」になる。事業分野部門の「目的」を達成する手段として、各部やチームの「目的」が設定され、それぞれの達成が事業部門や部門の「目的」を達成するための「資源」になる。そして各部やチームの「目的」を達成する手段として、個々のメンバーの「目的」が設定され、それぞれの達成が各部やチームの「目的」を達成するための資源になる。

「選択と集中」がなぜ必要になるのか

選択と集中はすっかり有名な概念だが、人間の直感や本能には反している。だから意図的に覚えておく必要があるのだ。何ものであれ、一点に集中というのはなかなかできないものである。本能や直感に反した行動をする際には、理知的な理解があると助けになる。なぜ選択と集中をしなくてはならないのか。どこから来た概念で、戦略を汲み上げるにあたってどのように考えていけばいいのか考察していこう。資源の数的優位と、効果の閾値の二つの概念を使うと理解しやすい。
資源の数的有利は、孫氏の兵法の中でも書かれているほど古い概念である。10倍の兵力があれば包囲し、5倍であれば攻撃し、2倍であれば敵を分断した上で攻め、同数であれば戦い、少なければ退却し、力が及ばなければ隠れるべきだと記述されている。数を頼むのは競争状態を有利に収束させるための鉄則である。文字通り、多勢に無勢。数が多い方が勝つ可能性が高いことは否定のしようもなくわかりやすい考え方だ。
効果には閾値がある。大きな岩を動かすのに、二人でも三人でも無理な時に、四人目で動かすせというのは、閾値の概念のわかりやすい例だ。四人目で閾値を超えたから動いたのだ。5千万円ではほとんど効果が見られなかった施策でも、1億円をかけた途端に消費者が動き出したという場合も閾値が5千万円と1億円の間のどこかにあったのだろう。この閾値が、どこにあるかわかっている場合は、閾値を超えるように労力すなわち資源を投入すればいい。ところが環境は変化しているし、資源の投下対象も変化しているので、一般論としてのガイドラインがあったとしても、個々の事例についての実際の閾値は判然としないこともある。閾値を超えないと投下した資源が効果を発揮しないのであれば、ある程度の塊として資源を投下することが閾値を超えるためには重要である。

6.戦略を管理する

・戦略をいかに実行に移すか
戦略がその効力を発揮するためには、実行に携わるチームが戦略の真意を理解し、行動計画に落とし、実際にプランとして運用されなければいけない。言うまでもなく、戦略を描いただけでは勝負にならない。実行を伴わない戦略は空虚なのだが、戦略と実際の実行計画が乖離して、進行していることがある。実行のための最初の段階は、関係者への戦略の浸透である。関係者全員が、目的を明確に認識し合意しなくてはならない。それぞれの独自の解釈をできる限りなくし、全員が共通の目的理解をする必要がある。同時に、それぞれの投入可能な資源を理解しているべきであるし、それぞれがどのように戦略の実行に貢献できるのか理解している必要がある。
戦略を共有する際に、戦略立案の担当者たちには、全面的な説明責任が要求されてしかるべきである。戦略を組織に説明する時にうまく答えられない質問が出てきた場合には、戦略を修正して2度目の説明を行うことを恐れるべきではない。修正を必要とする戦略を組み上げたのは、無能ではなく、情報の不足が理由であることが多い。具体的な戦略を示すことで、本来の戦略を組み上げる前に知っておくべきだった情報が初めて出てくるということもある。現実的には極めて限定的な時間的猶予のために、2回目、3回目の戦略説明機会が用意されることが少ない。戦略的な失策が続く傾向のある組織では、この点を再検証する価値があるかもしれない。また戦略を修正するにしても、全面的なものになることは多くないだろう。方針の大枠は残しつつ、新しい情報に基づいて関連する部分を後日修正すればいい。
・戦略を変更すべきとき
戦略は環境の変化に影響されうるものであるから、外的・内的環境の変化に即応すべきであるのか、それともむしろ外的・内的環境の変化に耐えるべきなのか。戦略は適宜変わるけれど、どのような場合に変えるべきなのだろうか。それは「目的」に変更があったか、「資源」に変化があった場合に戦略を変更すべきである。そうでない場合には戦略を変更する必要はない。
今後の戦略に基づいて、今年の目的が既に達成されている場合、あるいは来年は新しい資源が調達・利用可能であると予想されている場合には、来年の戦力は、今年と違うものになることが多いだろう。売上という目的を有していた場合には、来年も同じ目的を掲げることもあり得るが、政治的資源は変化している可能性もある。同じ目的であっても本当に同じ戦略を採用すべきかどうかは、慎重に判断し直してもいい。ある戦略が成功した場合、組織がその戦略にいたずらに執着することがある。いかに強力に機能した戦略であっても、「目的」が変化し「資源」が流動的である限り、永続的に効果を上げ続ける可能性は低い。時間が経つにつれて目的の相対的な意味や、資源の効力は変化するものである。これらの変化を認識せず過去に成功戦略を盲信するのは危険である。

7.戦略的に考える

・最悪の事態を回避するための思考トレーニング
戦略を必要とする状況下で、最悪の事態とは何であろうか。戦略は「目的」と「資源」に基づく概念であるから、戦略を必要とする状況下での最悪の事態とは、目的が全く達成できず資源を使い果たしてしまった状態である。
戦略を練り、計画を立てる場合には通常、成功すなわち「目的」が達成された状態をイメージしながら行うことが多い。全ての計画は勝つためになされる。勝つことが前提なので、負けることを考えていないことも多い。そこで一通りの戦略とそれに基づく計画が出来上がったら、次の思考実験をする事をオススメする。
「今日は計画実行から半年後である。叡智の限りを尽くして組み上げた戦略と、それに基づく計画を全員が全力で遂行した。誠に残念ながら我々の試みは完全な失敗に終わった。さてなぜ失敗したのか?」
この問いは過去形で発することがポイントだ。全員、計画実行の一週間後なり半年後なり、時間を進めて過去の歴史的事実として大失敗を振り返る。いささか気分の悪い演習である。経験的には未来に想定する失敗よりも、過去の事実として捉えた失敗の方が、分析や思考に身が入る。未来から現在を描こうとして見るという視点と、失敗したという二つの新しい視点が、ここにはある。この問いに対してチームメンバーから出てくる見解は極めて重要だ。計画の担当者たちが、意識的あるいは無意識的に考えうるあらゆる失敗の理由が噴出する。今まで揺るぎない前提として考えていたために、確認をしていなかったことが出てくることも多々ある。出てきた意見が起こる可能性はいかほどのものか。もちろんこの演習を通して出てくる意見は極端になる可能性も高い。大事なのは大崩壊をもたらすかもしれない事態をなるべく、全部把握しておくことである。発生確率は、可能性を書き出してからチームメンバー全員で話し合って考えれば良い。まずもって発生しないし、よしんば発生しても対応策を考えないというような場合もあるかもしれない。対策を講じてもいいし、場合によっては意図的に対策を持たなくても良い。対策を講じていない大崩壊シナリオがあると認識しているだけでも市場の変化に敏感になり手遅れを防ぐ効果がある。
・不確実性を読む
多くの経営論や経営戦略書が競合を不確実性として扱っている。もちろん競合の行動を確実に管理する方法は知られていないので、明らかに不確実性の高い要素であることは間違いない。しかし、これまでに説明してきた戦略の根本的な概念を転用することで、競合の次の一手を予測することが可能だ。多くの企業には戦略があり、その戦略に基づいた手段として各種計画が考えられ、決められ、実行されていく。競合が考える戦略というのは、本書で説明してきたものとは違って理念や目的を表しているに過ぎないかもしれない。あるいはもっと詳細な手段の話をしているかもしれない。とは言え、競合の行動は何がしかの方針に規定されていることが多い。いかに競合の戦略を読むべきか。本書で説明してきた戦略の考え方で、応用する方法を示そう。戦略の定義通り競合の「目的(動機)」と「資源」を理解することが出来れば、競合の戦略は予測可能になる。具体的には次の二つの質問に答えることで、競合の目的と資源を過程しやすくなる。
「なぜそんなことをするのか」
この質問に答えてみることで、開示されていない競合の本当の目的が理解できることがある。特定の目的を持って行動しているのであれば、人も組織もその目的に不一致な行動はとらないものだ。競合の戦略を考えている時に「なぜそんなことをするのか」という問いをチームで考えてみると良い。「馬鹿げたことをしている。うまくいくわけがない。」と見くびることが往々にしてある。理解できないことが恐怖につながるので、理解できないことをする他者をバカにすることで自らの恐怖を抑えられる。そうして競合の行動をそれ以上考えようとしないことが少なくない。しかし、競合の担当者やリーダーには自分達と同等以上の知性と能力があると仮定する謙虚さがあれば、「馬鹿げていてうまくいくわけないこと」をするはずはないと気づく。我々と競合するほどの組織なのだ。敬意を払っておくほうが理にかなっている。ある明確な目的を達成するために、真摯にそして整合性を持って立案したのが彼らの計画であり、その精一杯の実行を我々は目の当たりにしているのだと考えるべきである。第2章で自分たちの目的を明確化するにあたり、「ある場合とない場合」の差を考える、と述べた。ある計画なり行動なりの「ある場合とない場合」の差を最大化させることが、その計画なり行動なりの目的であるという考え方だ。この手法を使うことで、公開されていない競合の目的を推測することが可能だ。つまり、競合が実行している計画を詳細に観察して、それらが「ある場合とない場合」に彼らに与える利益の差を比較する。
次に「なぜそんなことができるのか」という問いを投げかけてみる。
この質問に答えることでまだ秘匿されている競合の資源が見えてくることがある。我々が知っている限りの競合の資源量では達成が難しそうな行動を競合が取ろうとしている場合、我々がまだ知らない資源を保有している可能性がある。

8.戦略をより深く理解する

・実践的な思考の道具としての戦略
ここまでの振り返り。本書は戦略が実践的な思考の道具として体得されることを目指す。その定義に始まり、考え方や方法論を7章にわたって説明してきた。ここまでお読み頂き、戦略についての考え方に変化があっただろうか。読者の皆さんの振り返りのために重要な点を簡潔に要約しておこう。
戦略とは目的達成のための資源利用の指針である。この指針に基づいて、具体的な実行計画が立案される良い。戦略は達成すべき目的が、解釈の余地なく明確に規定され、有限の資源の最適な使い方を示す方針として機能する。つまりやるべきことや、やるべきでないことを明示する。
正しい戦略は目的の達成確率を上げる。なぜなら、目的の達成に対する資源の効果効率が上がるからである。うまくいかなかったとしても、正しい戦略は資源を温存したり、いい失敗に導いてくれるだろう。戦略が明確であると経験が学習につながるので次回の達成確率は上がっていく。
戦略によって差が出るのは大きく三つのポイントが考えられる。①目的の解釈の仕方②資源の解釈の仕方、そして③相対的に資源の数的有利をもたらす分母の区切り方である。いずれにしても、どのような視点で観察できるか、解釈できるかが決定的に重要である。より戦略的に、あるいは戦略において効果的になるためには、視点を増やす努力をすると良い。
判断に迷ったら戦略に立ち返ることで目的達成のために行くべき道が見えてくる。正しい判断とは目的の達成のために、有限の資源を最適に投下することを意味する。不測の事態に出会ったら、その不測の事態が目的の資源に与える影響を洗い出すこと。いたずらに戦略を変える必要がないことも多い。戦略的である為には、常に目的を意識し続けることである。なぜこれをしているのか、何を達成したいのか。次いで資源を意識する。使えるものは何で、どういう状況で効用が最大化されるのか理解する。
つまるところ戦略を汲み上げる上でも、戦略的になるためにも覚えておくことは2点に突き詰められる。目的と資源である。戦略に絡むあらゆる問題の考察が、全てこの2点に集約されていくか、この2点に端を発している。困った時には目的に立ち返ること、何を目指していたのか思い出すこと。

おわりに

達成したい「目的」があり、その達成に対して「資源」の限界がある限り、戦略的な思考は役に立つ。ここまで読まれたみなさんにはすでにご理解いただけたことであろう。
ビジネスはいうに及ばず、週末の競馬、休暇中にプラモデルを作るときや読書にだって戦略はあり得る。設定するつもりさえあれば、リンゴを買うのにだって戦略は考えられる。
ただ、リンゴに関して言えば、リンゴを買うにあたっての戦略を考える時間も「資源」であることは忘れるべきではない。その「資源」、つまり時間はほかのことにも使える極めて汎用性の高い、しかしながら入手に関して融通の利かない資源である。本当にリンゴを買うための戦略を考えるのに使うべき「資源」かどうか、その「時間資源」を使って考えてみてもいい。
今週も来週も達成すべき目的を追い、そのために有限の資源をいかに有効に投下するか考え、実行するということが続いていくだろう。それは壮大な事業についてのことかもしれないし、新車を買うという重大な楽しみかもしれないし、週末の趣味かもしれない。適用されるものが何であれ、本書を通して、戦略という概念が今までより明確で、実践的な意味合いを持ち始めたのだとしたら喜ばしい限りである。皆さんの日々の判断や計画立案がより戦略的になり、それぞれの資源がよりよく投下され、みなさんの目的がよりよく達成されますように 。


この記事が参加している募集

#マーケティングの仕事

7,043件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?