留年を経験した横田梓さんの話[2]

フィリピン・マニラ編 
現地採用インタビュー#005

留年を経験した横田梓さんの話[1]の続き。

【次は、海外だ】

東京砂漠にSEとして入社。2年くらいSEを経験したのちに、管理系に移る。気がつけば、5年が経っていた。

転職しようと思ったのは、当時の仕事に面白みを感じていなかったからだ。暇になると、時間ができ色々と考えるようになる。

なんとなく次に転職するとしたら、海外かなという思いがあった。これから海外転職も増えていくんじゃないかという側面と、「会社辞めて、海外で働きます(どやっ」という周りを納得させるための側面にもなるだうなと考えていた。

思い立ったら、行動ということで海外転職ができる人材エージェントに登録。しかし、あるエージェントはダメだった。日本での案件しか紹介してくれなかったのだ。そして別の人材エージェントに登録。すると、レスポンスがよくて、各国のエージェントから国際電話が急にかかってくるようになった。マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピンの現地法人からだと記憶している。

並行して、個人で探している会社もあった。秋葉原にオフィスがあり、ミャンマーでの仕事だった。フィリピンに来る前は、ミャンマーいいなと思っていた。日本でも認知度が低かったため、いいじゃんと。その会社に結構行きたいなと思っていた。「ただ、風も吹けば潰れるかもしれない。君の給料も払えない。今の会社もそんなに悪くないから5年は最低働け。」と、面接を受けた会社の社長に諭されたのだった。

しかし、海外転職活動を進めるなかで、紹介された海外進出コンサルがいいかもと思っていた。ただ、コンサル経験がないため、前職で経験したITを絡めないと難しいということがわかってきた。最初は興味がまったくなかったものの、たまたまITの案件を紹介されてると、あれよあれよと決まった。「先方が興味ありますと言っている」スカイプ面接を受けてみて、待遇・条件が良かったので、決定。最終的に面接を3回くらい実施した。

この時、難しい決断も迫られていた。最終面接が翌年の1月に予定されていたが、前職の会社で12月に翌年のことを話し合う面談があったのだ。次の仕事を決まってないまま、辞めることを言うことは自分のなかで不安だった。しかし、あまり引き止めることはされず、引き継ぎの話となり、拍子抜した部分もあった。

【"On the way"と"Later"】

フィリピンに来た理由は、仕事を紹介されたところが、ちょうど今の会社だったというだけ。特別な理由や想いがあるわけではなかった。

フィリピンに来て9ヶ月で大変だったことは、フィリピンの人と働いていて、子どもみたいな人が多いということだ。日本で働いていた時は、自分よりも年上の人が多く、しっかりしている人が多かったのだ。たとえ、自分のした仕事の細部に漏れがあったとしても、周りがなんとかしてくれていたのだ。退職してからしみじみとそう思う。今は、自分がなんとかする側に回っている。

客先の現場を回時に、フィリピン人が来ないこともしばしば。外注先の担当者に連絡がつかないし、向こうから連絡することもない。今、どこにいるのか、あとどのくらいかかりそうなのかを伝えようとしない。いつやるのかと聞いても、”Later”と返される。今どの辺で、到着までにどのくらいの時間がかかるのかと尋ねても、”On the way”と返事をしてくる。


日本とは、ストレスのたまり方の質が違う。
「日本では、自分にボールがあってその処理の仕方に困る=自分の能力が足りていない」
「フィリピンにいると、投げたボールの行方がわからない=コントロールが効かない」

【悩める自分へのメッセージ】

正直なことを言うと、将来に対して明確な答えがあるわけじゃない。ちょっと前までは、30歳までに海外に出たいと思っていた。それももう達成してしまった。頭をよぎるのは結婚のことだ。結婚すると人生が変わる。結婚をしなければ、海外を股にかけて働きたい。どのみち海外と繋がりがあるなにかしらの仕事に就きたい。もう日本国内だけでは働けない。

あんまり考えすぎないこと。キャリアを綺麗に描くことは難しい。なるようになるよ。あんまり自分でやりたいこととかを決めつけすぎて、縛るよりも柔軟にしておく方がよいよ。


「単位を落としたことも。社会人としては、ちゃんと計画しておけよという側面もありながらも、単位を落としたからこそ、人生が変わったという見方もある。」

【かぬーのつぶやき】

実名でインタビューをさせて頂いた。横ちん(横田梓さん)に感謝をさせていただきたいです。この場を借りて御礼を申しあげます。ありがとうございました。「僕も、自分の体験を伝えたいけれど、ブログが続かない。」ということで、彼の代わりに僕がメッセージを発信します。横ちんのインタビューに、もう一人の現地採用仲間(N.Yさん)も同席していたのだけれど、彼も面白いと言ってくれた。こういう機会をもっと増やしていけたらいいなと思う。

その現地採用仲間(N.Yさん)の感想。「ちゃんと就活の計算ができることがすごい。俺はその計算ができなかった。」彼も、日本での就職活動があまり上手くいかなかった人だけれど、日本という市場を離れて、フィリピンに来てみたらすぐに働く先が決まったのだった。こういう話って、日本だけにとどまっていると入ってこない情報なので、微力ながら、僕が発信できたらと思う。

彼の物語はこちら。

現地採用で翻訳家として働くN.Yさん

https://note.mu/123kanuu321/n/na3d76676cdb2?magazine_key=mcec24e99c2e8

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