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はじめての豚汁

私の夫は、一日に一食しか食事をしない。朝は珈琲、昼は白湯、夜は通常(気持ち多め)。これが健康に良いとか悪いとかは分からないけれど、彼はこの生活を送るほうが体の調子がいいらしいので、そうしている。

一日、一食。だから彼はよくこう言う。

「一日に一度きりだから、絶対ハズレを引きたくない」


さて、お恥ずかしながら、私は料理があまり得意ではない。嫌いではないと思うのだけど、できれば全然やりたくない。…いや、正直に言おう。料理は好きじゃない。

それでは食事はどうしているかというと、夫が喜んで料理をしてくれるので、大体お任せをしている。彼は画家ということもあり、きっと職業柄、何かを作ること全般が好きなのだ(偏見)。

夫の作る食事は美味しい。私が作る100倍は素敵な食事が出てくる。どうやって作るのコレ?っていう洒落た料理もお得意。最近だと、カオマンガイとか。

それじゃあ私の料理はどうなのかというと、極端に味が薄かったり、火が通っていなかったりするらしい。今はまだマシになった(はずだ)けれど、結婚したての頃はそれこそ散々だった。

これは、そんな結婚当初の話である。


先ほど「料理は夫にお任せっ⭐︎」と書いたが、そうは言っても、全く料理をしなくていいわけではない。
私は料理をすることが好きではないが、夫のことは大好きなので、彼が忙しい時期や、帰りが遅い日は、なるべく負担をかけないよう 数種類のレパートリーの中から何かを作る。

一日一食を失敗したくない夫は、保身のためにも「僕がやるよ」とは言ってくれるのだけど、気持ち的な「料理しなきゃ!」が、定期的にやってくるのだ。

とある日曜日。ふたりでスーパーに買い物に出かけたときのこと。肉売り場の前で豚バラを手に取り、彼が言った。明日は豚汁にしようか、と。

「明日帰りが少し遅いから、だし汁だけ作っておいてくれる?あと、できれば具材を切っておいてくれるかな」

…今これを書きつつ、なんとハードルの低いオーダーだろうと涙が出てきた。優しい夫、いつもありがとう。そして、ごめん。

さて、スーパーに話は戻る。
肉売り場で夫から最低限のオーダーを受けたその時、私はあることをピンと思いついてしまった。

そうだ、内緒でひとりで豚汁を完成させてしまおう!おいしい豚汁を作れば、きっとものすごく喜ぶぞ…!

そう、はじめての豚汁。ひとり豚汁デビューを決めた瞬間である。

気持ち的な「料理しなきゃ!」が、このとき私に訪れていた。

ということで 翌日、私は午後も早くからせっせと豚汁を作ることにした。いまだ新品同様のエプロンをキュッと締め、クックパッドを開き、いざ戦場(キッチン)へ。

まず、いちょう切りにした人参や大根をごま油で炒める。

それから、こんにゃく。以前どて煮を作った夫がこんにゃくに切り込みを入れて捻っていたことを思い出し、同じように捻りこんにゃくを作って、それも加える。

そうして主役、豚バラの登場。…実は私、料理初心者なりに、この豚バラという食材は見慣れていた。数少ないレパートリーの中の、ピーマンのチーズ肉巻きという料理が、チーズを詰めた半切りのピーマンを豚バラでグルグル巻いて焼くものだったからだ。

はじめてのバイト先で、顔見知りがいた感覚である。あなたも炒めるのねと、一枚ずつ丁寧に鍋に入れてあげた。

そのあとは用意しておいた だし汁で煮込み、最後に味噌を加えるだけ。これで、完成。

さすが豚汁、料理初心者にも優しい基本の家庭料理。

意外と簡単だったことに拍子抜けしつつ、私は夫の帰りを楽しみに待った。

程なくして帰宅した彼は、ええ〜!作っておいてくれたの!と予想通りの反応。

そしてワクワクと鍋の蓋をあけると、しばらく無言でいたのち 箸で具材をとり、得意気でいる私に尋ねた。

「もしかして、もしかしてだけど、豚バラ切らずに入れた?」

……

………!

私は衝撃だった。

確かに、煮込みながら長いとは思ってた。でも、クックパッドには切るだなんてそんなこと一言も書いてなかった。それに、唯一豚バラに触れたことのあるピーマンのチーズ肉巻きでは、長さそのまま使っていたから…

自分のあまりの常識知らず具合に呆然としていると、夫は豚バラを持ち上げ、これじゃきしめんだよ〜と笑う。

確かにきしめんに似ている。

ちょっと落ち込みかけていた私も、つられて笑う。

「それから、豚汁に捻りこんにゃく入れるのも初めて見た!でも味がしみていいかもね。あと、スープはちょっとだけ薄いから、味足していいかな?」

笑いながら夫がカットしてくれた一口サイズの豚バラと、必要以上に味のしみたこんにゃくと、仕上げてくれたスープの味は、なんともおもしろおいしかった。


それからというもの、私のレパートリーには豚汁が加わった。

ただし豚バラは、スーパーで買ってきた当日に、夫が一口大に切り、【豚汁】とメモした真空パックに入れ冷凍してくれている。どこまでも親切な夫。ありがとう。でももう自分で切れるよ。

…さて、私のはじめての豚汁による、あの食事は、果たして夫にとってハズレだっただろうか?アタリだっただろうか?

私は後者だと信じたい。だって、たのしいって気持ちこそ、最高のスパイスじゃない?

失敗も成功も、たのしいっておいしいし、おいしいって、たのしい。私はそう思いながら、今日も夫とニコニコ「いただきます」をするのだった。

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