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遠い未来だと思っていた東京オリンピックに想いを寄せていた頃

2021年7月23日。
頂きもののほうじ茶を淹れて、夫と2人、テレビの前で東京オリンピックの開会式を観ていた。夜空に映える花火、ドローンの近代的な演出、各国の衣装を身に纏った選手団の入場。過去の大会となんら変わらない、華やかなそれに見えた。時おりカメラに映り込む、空っぽの観客席をのぞいては。

直前まで騒動が絶えなかった今大会。きっと複雑な想いを抱いている人も少なくないのだろう。私は別に、大会の是非を語りたいわけじゃない。歓声の聞こえない開会式を観ながら、心の中はどこか落ち着きがない、極めて個人的な、全く別の次元にいた。

2013年。
東京オリンピックの開催が決まったその瞬間、私はシンガポールにいた。常夏の国、ベッドと机だけの簡素な学生寮から大学の講堂まで、お気に入りのビーチサンダルで行き来する日々。

雪国で育った身として、年中窓を開けて眠り、鳥の声で目が覚める環境はそれだけでわくわくした。今でも思い返すと、巡らない季節に、時間が止まっていたような不思議な感覚になる。

そこで初めて心の底から大切だと思う人に会った。いずれ日本に帰国することを分かりながら、どんどんその人に惹かれていった。
大学の屋外の食堂で、時間も忘れて夜どおし話した。スコールが降ろうが物凄い雷が鳴ろうが気にならないくらい夢中だった。この人の、これからの人生に関わりたいと強く願った。友人は私らしくないと笑ったけれど。

だからって、すぐに結婚を決められる程の勇気もない。所詮はまだ学生だし、若気の至りかも知れないし、就活はどうしよう、親は何て言うか分からない。理由はいくらでもあったから。

何も決められないのがもどかしかった。早く27歳くらいになりたいって思ってた。変な言い方だけど、大人になって自立して、大事な決断ができるようになっているはずの未来の自分に嫉妬した。

27歳。7年後、2020年。東京オリンピックが開催される年。そんな先のことは不確かだけど、それでも未来に想いを寄せて。その人と「東京オリンピックの開会式を一緒に観に行こう」って約束したんだ。

でも結局、全部手放してしまった。

気分なんて5秒で変わるし、昨日まであった自信はすぐに吹き飛ぶし。そんな世界で生きてるから、仕方なかったって思えばいいよね。それでもたまに、貫き通せなかった自分に落ち込むこともあるんだけど。

だから、空っぽの観客席が映し出された時、私は少し安心してしまった。

あり得たかもしれない未来の私たちを、観客席に見つけてしまわなくて良かった。


とっさに席を立った。

ほうじ茶があまりにも香ばしくて、2杯目を注ぐことにした。夫の分も。

あたかも何にもなかったような涼しい顔をして。

そんな自分に、確かに私は大人になったのかもしれない、なんて考えていた。




美味しいおやつを食べたい🍪🍡🧁