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車窓から(その6) 〜フクロウ翁・故郷

 相生駅からの乗客は予想外に多かった。まさかそんなこととは思いもせずに油断していたものだからあれよあれよという間に席を取られ、岡山駅まで1時間ばかり立ち乗りすることになった。

 昼飯にするつもりだったテリヤキバーガーもランチパック(ピーナッツ)もこれでは手をつけられたものではない。結局、岡山で乗換電車を待ちながら食った。昼飯というよりおやつに近い刻限だった。滋賀県で買ったパンを岡山で食う男、と思った。

 在来線で大阪~広島間は大学時代に何度か行き来している。当時の乗り換えルートは大阪から姫路まで新快速で行って、姫路から岡山を各駅停車、岡山から広島まで山陽本線で乗り換えなしというものだったと思う。
 初めのうちは時刻表で乗り継ぎを確認したりして出ていたが、非日常の趣を求めて在来線を使うのに、わざわざ効率的な乗換ルートを調べて出るようでは本末転倒だと気付いたから調べるのはじきによした。効率を求めるなら最初から新幹線に乗ればいい。

 今回も場当たりでここまで来て、後は山陽本線のシティライナーで広島まで行くだけとなった。
 シティライナーにはトイレがあった。トイレ付きの電車には久しぶりに乗った。ふと、フクロウ翁を思い出した。

 フクロウ翁に出会った時、自分はまだ高校生だった。
 広島駅から帰るのにやはり山陽本線を使ったら、和服に山高帽の老人が覚束ない足取りで乗ってきた。老人は黒縁メガネをかけて、何だかびっくりしたフクロウのような顔をしていたから、心の中でフクロウ翁と呼ぶことにしたのである。

 列車が動き出してまもなくフクロウ翁はよろめきながらトイレに入ったのだけれども、施錠すると点灯するはずのランプが一向に灯かない。
 あるいは鍵をかけ忘れているのかもしれないと思っていたら、後から乗ってきたおばさんが知らずにトイレの扉を開けた。
 おばさんは少しの間硬直した後、逃げるように隣の車輌へ移った。
 それからフクロウ翁は相変わらずよたよたしながら出てきた。なんで開けるんだね、入っているのに? と言うような顔をしていた。
 この人のことを自分は一生覚えているのだろうと思った。そうして実際覚えている。

 三原から広島までは山陽本線の他に呉線も通っている。海辺を走る呉線に比べて、山の中をうねうね走る山陽本線は窓外の眺めがいまひとつ面白くない。けれどもこの日は雪が軽く積もっている場所などもあり、なかなかいい感じではあった。


 そうしてようやく広島駅に到着した。

 実家まではさらに若干の距離があるけれど、もういいだろう。既に2010年に入って1週間が経過しようとしているというのに、いまだに昨年末の帰省道中を書き綴っているのは、どうにも冬休みの宿題を終えられなかったぐうたら坊主みたいな気がしていけない。

fin.
初出:2010年1月7日『論貪日記』



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