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クリーニング店と憤怒

 横浜で一時期、老夫婦が営む古びたクリーニング店を利用していた。
 ある時コートを預けたら、タグに油性マジックで名前を書かれて返ってきた。普通は名前を書いたカードを針金やホチキスで留めるところだが、老夫婦のことだから、そこら辺はあんまり深く考えずにずっとそうしてきたのに違いない。またお客も大概近所の常連ばかりで、先刻承知なのだろう。
 おおらかな時代の名残に触れたようで、何だか微笑ましく思った。

 今仲にその話をしたら、「他人の服に勝手に名前を書くなんて!」と大いに怒り出した。
 俺の服に名前を書かれたからといって、何でお前が怒るんだと問うと、「私だったら絶対怒る」と返ってきた。何だか答えになっていない。
 せっかく暖かい気持ちでいるのを、隣でそんなにじりじりされては面白くないから、この話はそれぎり止した。
 その後、引っ越しでこの店へは行かなくなった。

 コートは社会人一年目に買ったもので、もうよれよれで色も白けてきたけれど、今でも着ている。タグにはまだ名前が残っているから、見ると時々、このことを思い出す。

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