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イカの塩辛

 全体、スポーツ観戦に興味がないものだから、オリンピックもワールドカップも甚だ無関心である。
 野球だけは、広島カープが強い時にはたまに観るが、弱くなるとやっぱり興味がなくなる。こういうのをにわかファンと云うようだけれど、自分の場合はカープが強いと子供の頃を思い出して懐かしくなるから観ているだけで、俄以前にファンですらないだろう。

 自分が小学校の一、二年生の頃はカープが随分強かった。リーグ優勝のみならず、日本一にもなっていた。掃除の時間に先生がラジオで日本シリーズの中継を流して、みんなで聴いたのを覚えている。

 小三になってから一度、父に連れられて広島・中日戦のナイターを観に行った。まだ平和公園の向かいに市民球場があった時代である。
 三時頃に家を出て、二人でバスに乗った。父と二人で出かけたのは、それが初めてだったように思う。
 その当時自分は、普段中日ドラゴンズの帽子をかぶっていた。赤より青の方が好きだったのと、ドラゴンズという名前に惹かれたので、別段ドラゴンズのファンだったわけではない。けれどもこの日は、その帽子はよせと云われ、久しぶりにカープの帽子をかぶって行った。

 観戦中に一度、ボールが飛んで来た。落ちて来るのを父が取ろうとしていたが、残念ながらボールは後ろの席へ落ちた。
 この日の試合は結局カープが負けた。
「まぁ、負けることもある」と父が言った。

 球場を出て、バス乗り場まで歩いた。
 市民球場から広島バスセンターまで五百メートルほどだけれど、もっと随分歩いたように記憶している。
 時刻は午後十時前だった。街中だからそんな時間でもまだ明るい。ただ、人があんまりいなかった。球場から出て来た人が大勢あるはずだけれど、どうも父と自分の他には商店の前にぽつりぽつりといる程度である。
 人気ひとけのない街の通りを、父がすたすた歩いて行く。自分はその後ろをついて行く。
 そこからの記憶がない。気が付けば、家の玄関であった。
「おかえり」と母が言い、それからイカの塩辛でごはんを食べた。イカの塩辛は、この時が初めてだった。

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。