見出し画像

生まれた町で

「あんた、荒川さんで産まれたの?」
その人は、目を丸くして言った。
「おい、この人、荒川さんで産まれたんだって」
「ええ!」
大きな瞳の奥さんが、ますます目を大きくしながらこちらにやってきた。
ぼくは今、新潟市内のとある民家にいる。
畳張りの部屋の中央に、大木を輪切りにして作ったような分厚い天板の立派な座卓が鎮座しており、ぼくはその巨大な年輪の前で正座している。
実は、この数キロ先に母方の叔父の家があり、そこにもよく似た年輪の大きな座卓があった。
長らく、これは叔父の趣味だと思っていたが、この家にもあることを考えると、どうやらこの地域一帯で好まれている家具らしい。
「荒川さん、大きくなって綺麗に建て替えられたのよ…と言っても元を知らないか」
奥さんが苦笑いしながら言った。
ぼくも、自分から切り出した割に、曖昧な返事しかできない。
25年前、ぼくはこの町で産まれたらしい。
二人が「荒川さん」と呼んでいるのは、この裏にある産婦人科のことである。
母が里帰り出産で入院したのがこの医院だと聞いていたので、打ち合わせ後の茶飲み話に喋ってみたのである。
「へぇぇ、荒川さんで産まれてねぇ」
ご主人は、今までビジネスライクな話しぶりだったのに、急に甥っ子を見るような目になった。
「それでは、またご連絡させていただきます」
ぼくは鞄を持って立ち上がると、一礼して土間へ降りた。
「荒川さんへは寄っていくの?」
「行きません」
「そりゃそうか」
夫婦は快活に笑った。
改めて一礼し、家を出た。
敷地外へ出ると、足元で大きな音がした。新潟の道は大抵両脇に水路が通っており、鉄板で塞がれている。この鉄板が少し歪んでおり、踏むと大きな音がするのだ。
行きません、とは言ったものの、一応、その「荒川さん」を遠巻きに見るだけ見て帰ろうと思い、駅とは反対方向へ歩いて行った。
近い。本当に「裏にある」と言っていい。
数本の路地を抜けて大通りへ出ると、果たしてその医院はあった。
建て替えたばかりだというだけあって、白い瀟酒な外観である。
当然、見覚えなどあるはずがない。
見た、という事実だけで満足し、すぐに踵を返して駅へ向かった。
わかっていたことだが、今その病院がどうなっているかなどは、どうでもよかった。
この町に住む人が、ただここで生まれたという理由だけで、家族のように接してくれた。生まれた町を感じるのに、ぼくにはそれで十分だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?