見出し画像

郡山市の夜

夜になった。
今夜はホテルで1泊して、明日の朝、2件目の客先へ向かう事になっている。
普段は日帰りばかりなので、こういうホテルでの過ごし方がわからない。
とりあえず夕飯は外で食べようと決め、夜の街へ出ることにした。
…と言うと、新宿のようなきらびやかなネオン街へ行くことを思い浮かべがちだが、郡山駅前の商店街はほとんどシャッター街と言ってよい状況で、開いている店の数は限られている。
そのかわり、いわゆる「夜の店」の客引きの男たちが暗い路地の上に何人も立っていた。
僕は、普通の定食が食べられる店を探していた。
特別、気の利いた「この土地ならではの食材」など無くてもよい。それこそ、店ではなく家で食べるような気楽な料理でよかった。
もちろん、外食でそういう店を見つける難しさもわかっている。
まだ夜の8時を過ぎたばかりだと言うのに、商店街の中はほとんど電気が消えており薄暗い。
土地勘がないので、ぐるぐると何度も同じ場所を行き来した。
当然、人の往来のない中でよそ者が歩き回るわけだから、ひどく目立つ。結果として、黒服の客引きたちからしつこく声をかけられた。
「お兄さん、いい店があるんですよ」
中でも、嗄れた声の老人がしつこく、金魚の糞のようについてきた。何度断っても離れない。
よほど客に困っているらしい。
確かに、ぼく以外には客になりそうな人が見当たらない。
たまりかねてアーケードの外に出ると、小さな料理屋を見つけた。
一も二もなく入った。
普段なら躊躇するような常連しかいない店だったが、この際もうどこでもいい。
詳しく見ずに注文し、出てきたものを黙って食べた。
味などわからない。
明らかに、酒を飲みに来る店である。そこに一人で食事だけしに来ている時点で、客にも店員にも奇異の目で見られているのがわかる。
さっさと食べて出よう、としか考えられない。
支払いを済ませて出た。
時刻は夜9時である。どういうわけか、まだホテルに戻るには早すぎる……という気がしている。
ついでなので、明日の朝行く場所を確認しておくことにした。印刷してきた地図では場所が曖昧でわかりにくかったからだ。
ただ悪いことに、目的地はアーケードの中である。戻りたいとは思えないが、ここは仕方がない。
ままよ、と再び暗い商店街に入った。
「お兄さん、誤解されてるかもしれないですが、本当にいい店なんです」
すぐに老人が張り付いてきた。
店を探すにも、老人が邪魔で集中できない。だめだ。
さすがに諦めて商店街を出た。
駅前まで戻るとカラオケがある。
他に面白そうな場所もない。
ドアを開けて一人だと伝えた。
「え、一人ですか」
店員が、面白いものを見つけた、という目でぼくを見ている。
どうやらこの街には一人でカラオケに来る人間はあまりいないらしい。
店員の態度には腹が立ったが、それでもホテルには戻りたくない。
ここはそういう街なのだ、と、割り切ることにした。
その後、怒っていた割には気持ちよく1時間連続で歌い続け、さらに1時間延長して熱唱した。
店を出た時には11時を過ぎている。

正直なところ、自分でも何がしたかったのか、よくわからない。
あれだけ歌っておいて何だが、決してカラオケに行きたかったわけではない。
ひょっとすると、ぼくは「夜の店」に行きたかったのだろうか。
だとしても、不思議の国のアリスのように、行った先で奈落の底に落とされかねない。あの商店街にはそういう不気味さがある。

自分の欲望が見えないまま部屋に戻ってシャワーを浴び、寝る前にテレビをつけると、映画「バックドラフト」をやっていた。
面白い。
食い入るように見た。
クライマックスの、主人公が火事の中で大活躍するシーンでは目頭が熱くなった。
いい映画を観た、という満足感とともに、眠りについた。

そういうわけで、郡山市の思い出は、14インチのテレビで見た「バックドラフト」がその半分くらいを占めている。
「バックドラフト」おすすめです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?