小亀令子

2022年から短歌をつくりはじめました

小亀令子

2022年から短歌をつくりはじめました

最近の記事

祝辞

去年の三月、中村佳穂のライブに行った。働き始めて四ヶ月が経った頃で、慣れてきたとはいえ、覚えるべきことはまだまだあって、仕事終わりのほどよく疲れた頭と体でオーチャードホールへ向かった。 開演すると、ホールは豊かな音と光で満たされた。ここに来ることができて本当によかったと思いながら、三階の正面の席でわたしは曲に合わせて手を叩いた。左隣にいたクールな見た目の男女二人組はゆったりと聴いている一方で、右隣では男性がノリノリで手を叩いていた。わたしの手の音と、右隣からの手の音、お互い

    • 2023年の掲載短歌

      『ねむらない樹』 vol.10 テーマ「電」もしくは自由 内山晶太選 粉々になったわたしでモロッコの砂漠に飛んでいく眠るから 毎日歌壇 加藤治郎選 さざ波ができたり影を浮かべたりきみの顔は絶え間ない湖 (4.18) 毎日歌壇 水原紫苑選 丘に立つ美術館には窓があり水平線が絵画のような (3.27) 水底のように見た夢 制服の代わりに青い服を着ていた (4.3) 振り向けば教会の戸が切り取った鮮緑の生け垣の明るさ (7.11) 西へ西へ旅人はゆく 太陽にその身を

      • かまぼこの形の舟になれるならみるべきものはへんな夢だよ/谷川由里子

        「かまぼこの形の舟」を実際に見たことはないけれど、板の上に乗っている紅白のかまぼこは、たしかに舟のような形をしている。本当に存在するのかもしれないなどと思いつつ、でもこの際、そんな形の舟が本当にあるのかどうかはどちらでもよい。これは「かまぼこの形の舟になれるなら」という仮定の話だからだ。仮定の話なら、存在するものにもしないものにも、何にだってなれる。 何にだってなれるにしても、かまぼこの形の舟になるというのは劇的な変身だ。突飛な発想に感じられるが、この上の句は「かまぼこ」と

        • 紙詰まりを放置されたるコピー機のつめたき胸へ手を差し入れる/北山あさひ

          誰も気づいていないのか、気づかないふりをしているのか、コピー機に紙が詰まったままになっている。そのエラーを解消しようとする最初の人が、コピー機の内部に手を突っ込む。そんなありふれた光景がこの歌では詠まれている。 わたしも先日、職場で同じ状況に直面した。コピー機に近づくと、「エラー」の赤い光が点滅していた。いつからこの状態だったのかはわからない。わたしは給紙トレイを取り外して、空洞に手を入れた。よく見えないので、奥の奥まで手を伸ばすと、カサッと紙に手が触れた。ゆっくり引っ張る

          2022年の掲載短歌

          57577展 テーマ「町」 鈴掛真選 半分のわたしはきっと喧騒の旧市街をまだ彷徨っている 毎日歌壇 加藤治郎選 他者に紐づけられているおそろしさ 双子のパンダを見ずに帰った (6.14) 暗闇にズームしていくだけの夢 街は遠くのサイレンで満ち (7.4) 「てきとーに生きればいい」が口癖の父と見た羊の毛刈りショー (7.12) ほろほろと眠ったままの指うごくピアノをじょうずに弾いているのね (9.26 一席) 成績のことで娘を叱ってる人の横にも寿司は流れる (1

          2022年の掲載短歌