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ユトレヒト

 2019年の長い夏休み、わたしはパリにいた。せっかくヨーロッパにいるのだから、そのままヨーロッパを鉄道で旅してみたいと思い、ユーレイルパスを買った。7日間、31の対象国を鉄道で巡り放題というチケットだ。ドイツ、チェコ、オーストリアを回ろうと思い描いてはみたものの、詳細な旅程は決めていなかった。無鉄砲なバックパッカー旅になるだろうということにとてもわくわくしていた。

 しかしその夏、購入したユーレイルパスは結局使わなかった。その後の予定を考えて、旅行そのものを取りやめたのだ。パスの有効期限は翌年の夏までだったので、旅行はやっぱり来年にしよう、と軽い気持ちでやめた。宿は泊まる前日にでも探せばいいやという無鉄砲さのおかげで、旅のキャンセルは大した決断でもなかった。

 2020年の夏、感染症の流行により、延期した旅行を決行できる状況ではなくなっていた。2019年には、この旅をすべきは今じゃないと自分で決めて行かなかったが、2020年には、わたしが望むと望まざるとにかかわらず、旅することが難しくなった。それでも、この状況は仕方のないことだと、旅行好きなわたしにしては割とすんなりと受け入れることができたように思う。正確には、受け入れられるように、旅したいという気持ちを自らしぼませていった、というほうが近いかもしれない。実際、わたしは有効期限の切れたパスを宙ぶらりんな気持ちでしばらく放置していた。

 2021年の夏、ようやくユーレイルパスの払い戻し請求の手続きに着手した。ユーレイルのホームページを確認したところ、コロナウイルスの影響で未使用のまま有効期限を過ぎたパスの返金に応じてくれるということだった。パスの現物を送り返すよう、ユーレイルの担当者から指定された宛て先には、オランダのユトレヒトとあった。

 ユトレヒトはわたしにとって馴染みの薄い土地だ。訪れたこともなければ、どんな街なのかも全く知らない。それなのに、宛て先の“Utrecht”がユトレヒトのことだとわかって俄かに嬉しくなったのには、わけがある。「文藝」2021年秋季号に載っていた大森静佳のエッセイ「向こうがわのユトレヒト」を読んだばかりだったのだ。「怨」を特集テーマとする今号のエッセイの中で、大森は「こわい短歌として真っ先に思い浮かんだもの」として、つぎの短歌を紹介している。

妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトにも雨降るらむか

大西民子『印度の果実』

 別れたかつての夫がいまは新しい妻と一緒に住む街、ユトレヒト。この短歌を知ってから、わたしのイメージするユトレヒトは、雨の降る薄暗い街になった。そこは、この歌の主人公がかつての夫に対して抱く怨念のようなものが染みついた街である。そして、未使用のまま有効期限を迎えたわたしのユーレイルパスが送り返されていく街でもある。

 ユーレイルの担当者から送られてきたメールには、このところ問い合わせが増えていて返信に時間がかかる旨が記載されている。ユトレヒトには今ごろ、コロナ禍で使われることのなかった大量のユーレイルパスが集まってきているのだろうか。実現されることのなかった旅への期待を背負ったパスたちの墓場が、ユトレヒトにはあるのではないか。

 いつかユーレイルパスを使って旅ができる日がきたら、ユトレヒトを必ず訪れて、実際の姿を見なければと思う。ユトレヒトは、もしかしたら本当に雨の似合う街なのかもしれないけれど、旅行者としては、訪れる日には晴れていてくれると嬉しい。


◇この文章は、2021年9月に「イエローページ」というメールマガジンに載せていただいたものです。雨が降っていた今日、ふと思い出し、ここにも残しておきたくなったのでした。

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