羊たちの沈黙
ずっと暗くて、気持ち悪くて、怖くて、私が見る映画ではないと思っていた。
朝起きて倦怠感しか生まれないような後味の悪い夢のせいで、カーテンも開ける気になれず、トイレに蹲り余韻に浸る。
せっかくの土曜日だし、カーテンから突き抜ける位に自慢げな太陽も今日はいる。早くここから抜け出さなくてはと、ボサボサの髪のままTSUTAYAへ行った。
部屋から出ても、余韻は消えず、ポップでキャッチーな映画はとても見る気にはなれなかった。
黄色い蝶が目に留まり、きっとこれも何かのメッセージだと、これでとことん余韻に浸ろうと心に決めた。
家へ帰り、再生ボタンを押した。
突然のジョディフォスターの美しさに釘付けになった。ジョディフォスターという名前は聞いたことはあったが、よくいるハリウッドのどう足掻いても到底敵わない様な派手なすごい女優だと思っていたが「羊たちの沈黙」の中のジョディフォスターはとても澄んでいて神秘的で妙な派手さがなかった。
ジョディフォスターのおかげで、冒頭からこの映画への思い込みの邪念は取り払われ、ごく自然に映画の世界へのめり込む事が出来た。
始まりから終わりまで美しい映画だった。暴力的であり、グロテスクであり、おぞましさも存在しているが、一つ一つのシーンに美がまとわりついていた。
殺害したあとの死体を、蝶のように吊るしているものを初めて見た。現実ではとても考えられないものではあるが、映画の世界だからこそお笑いみたいに思えてボケて、ツッコんで、オチの様に見えて少し笑ってしまった。
レクター博士の美的センスが、この映画の全てを作り上げている。アンソニーホプキンス、ジョディフォスターこの二人の瞳に何度も狂わされそうになった。瞳だけで、こんなに世界を創れてしまう人はそう多くはないだろう。
私はこんな素晴らしい映画をずっと懸念していた事を後悔した。
私はとても元気になった。
美しいものは、人を開花させる。