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サイレン ト


どうしてこうも、面白いくらいに涙が出るんだろう。本当 に小さな子どもみたいで、心底恥ずかしくなる。

しつこく足元も視界も浮ついて、まるで自分の身体じゃないみたいだ。
いつまでもふわふわふわふわ、いい歳して本当に嫌になってしまう。


照明が眩しくて、人の話は右から左へ、指先までぎこちなくて、話す内容は筋違い。あんまりにもそんなことばかりで、不安になってしまう。

そうでしたね、すみません。
先ほどもそのお話聴いたばかりで、もう尋ねてしまう。自分が、一番自分のこと信じられない気持ちで見ている。
この体は、この気持ちは、誰のものなのかと疑うほどには。

いざ苦しいことに出会すと、どうしてこうも。

視界が、目から。

痛くて痛くて仕方ない。生きる為に打つ脈が自分のこと苦しめるなんて、そんな滑稽な話あってたまるものか。

「だいじょうぶです」

そうなりたいのに、そういたかったのに。
だから私は、振り切って来たのに。
飲み込んでいた言葉が口からせり上がってくる、逆流してくる。

淋しい
苦しい
悲しい
悔しい
こわい
離れたくない
嫌いにならないで

焦がれて焦がれて気が狂いそうだ。

そばにいて
淋しい思いしないで
淋しい思いさせないで
そんな思いさせるつもりでは
何を責めればゆるしてくれるの
責めてしまいたい
そんなことしたくない
声を出してしまいたい
このまま押し込めていなくてはならない
ごめんなさい
傷付けた
ごめんなさい
傷付けられた
ごめんなさい
責められた

ごめんなさい
ごめんなさい
産まれて来なければ
あの時死んでしまってたら?

あちらから、そちらから、こちらから、次はどちらから?心臓が潰れるような感情だけが、音もなく忍び寄ってくる。

「私の赤ちゃん」
「どこにもいない」
「どこにいるの」
どうしてあんなこと言ったの?
「忘れちゃおうよ」
忘れられるはずないのに
「ないことにしちゃおうよ」
何をないことにしたいというの
起こったことは薄まっても消えないよ
何をないことにしたいのかわからない

それなら、あれは、本当は、誰の言葉?


代わりに、どんな言葉が見つかりそうだ。
一体、どんな言葉が最も適切だったのだろう。
そもそも、この感情って本当は誰のものなの?

知ってるよ。私達すぐに腐ってしまうナマモノなんだって。知ってたよ。生きていても死んでしまっても腐ってしまう、そんな脆いものだって。だからみんなで補い合おうって。みんな何かしら役目を背負って果たして、そうでもしなければ対価を得られない。

焦がれて焦がれて気が狂いそうだ。
焦がれて焦がれて焦がれきって、
同じようにどこかのタイミングで糸が切れてしまったかも。

それって一体、いつだった?

サイレンが聞こえる、
サイレンが聞こえる。
迎えに来る、
なんでこんなに視界が眩しくて仕方ない。

サイレンが迎えに来る、
弱った私を迎えに来る。
ふりきって大丈夫になりたかった。

私はまた、叶えられなかった。

硬直した指先、冷え切った足先、生きる為に脈打つ血の流れが、頭を締め付けて粉々にしようとする。

せり上がってくる、せり上がってくる。

私の、もしかしたら誰かの、中身がせり上がってきて喉が辛い。駄々っ子のようなどうしようもない感情が、歳ばかりくった体、頭から飲み込んで。


一飲み。


いっそのこと、やっぱり、あの時呪いのように思っていたこと。そのようになってしまった方が、と、思っていたこと。

いざ苦しいことに出会すと、どうしてこうも涙が止まらないんだろう。

いざ苦しいことに出会すと、どうしてこうも。

手足が動かない、痛くてたまらない、体の震えが止まらない。

息が上手くできない。
首ごとひねりちぎれそうだ。

こんなの、自分の体じゃない。
こんなの、自分の命じゃないみたい。
あんなこと、私が言った言葉じゃないみたい。

それなら、あれは誰の気持ちが入り込んできたもの?

こんなにうまく動かなくなって、こんなに気持ちとは反対のことばかりして、悪さばっかり。

変わってない、変わらない、ずっとおんなじ、この自分のまま。

いざ、例えば大袈裟かもしれなくても。表すとしたら。受け止めざるを得ない時。

名前を呼んでる。聞こえる。
確かにあれは、私の名前。



この感情がなくなってしまったら、きっとそれこそ終わりなんだろう、と思った。
ストッパーだ。声にも音にもならない、体の奥の奥の方で震える、あの冷たいモノが、最後のストッパー。あれがなければきっと。例えばせり上がってきたその時。

ハンドルから手も離せるんだろう。
ブレーキなんて踏もうとしないだろう。
赤色なんて恐ろしく感じないだろう。
高いところだって喜んで登ってしまうんだろう。

血管の透ける手首、ゴウゴウ唸りながら目の前を行き過ぎる機械の塊、じんわり捻れる視界、チカチカ明滅して見え隠れする極彩色。

体の奥で、私の深いところを揺らして掴む。爪を立てて、痕が残るほど、「私」を掴んで、離さないでいる。



ストッパーなんだ。あれはきっと。


あの冷たさ、忘れない。
あの時かいた汗の感覚も、頭砕こうとするような痛さも、変形する指先も視界も。
歪んだ身の回りでどんな表情を記憶したかも。

しつこく足元も視界も浮ついて、まるで自分の身体じゃないみたいだ。
いつまでもふわふわふわふわ。

手を開いたり閉じたりして。
指先にふっと過ぎる。
少し前まで、私は触れようとした。
思い通りにならない。
うまく梳かせない、掬えない。



ああ、子どもの寝癖みたい。

いい歳して、本当に嫌になってしまう。



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