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【インタビュー記事】28歳喫茶店主、半生の振り返り(後編)

劣等生がカフェを開くまでのお話。

●前編まとめ:(自称)いじめられっ子は浪人を機に「自分で決める」人生を歩み始め、大学デビューを果たした。

※上記はかなり雑なまとめなので、未読の方は先に前編を読むことをお勧めします。


カフェ運営を通して「当たり前」などないと気付けた

サークル活動に精を出す一方、当時から「いつか自分でカフェを開きたい」というぼんやりとした夢を持っていた。

「昔からお菓子作りが趣味でしたし、大学生の時はカフェ巡りもよくしていました。自分のお店を持てたら楽しいだろうなあと妄想していました」

「けど、飲食業で生きていくのは経済的にも体力的にも厳しい印象があったし、自分は製菓も料理もまともに勉強したわけではないですから。仕事にするのは難しいだろうし、『老後にやれたらいいかな』って思っていました」

そんなとき、サークルの営業活動の最中に知り合ったバーのマスターに言われた言葉が、彼の人生を大きく動かすことになる。

「やればいいやん、今。そのやりたい気持ちは、消えてしまうかもしれないよ。近くに1日1万円でカフェができるレンタルスペースあるからとりあえずやってみたら?本当にやりたいかどうかわかるかもしれへんし。僕だって、飲食店で修業して...とかじゃなくて、今のお店はじめたし」

そんな気軽に試す機会があることを知らなかったし、「飲食店をはじめる正しい方法」があるものだと勝手に思っていたので、驚いた。その「いつか」は今かもしれない――。
レンタルスペースを借りて『1日カフェ』に挑戦することを決めた。

大学2年の冬。彼が開いた1日カフェには、 なんと50人以上もの人が集まった。

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「自分が作ったお菓子をみんなが『おいしい』って喜んでくれたのがすごく嬉しくて。この1日カフェの成功がなければ、今の僕はいなかったかもしれません」

男子大学生の手作りお菓子は近隣で評判を呼び、「今度集まりがあるから、お菓子を作ってほしい」と依頼されることもあるほどだった。

そんな中、「1日カフェ」に来てくれた予備校時代の知り合いから「一緒にカフェをやらないか」と声をかけられた。自分を誘ってくれたことが嬉しくて、二つ返事で了承した。

大学3年生の秋、「ひとところカフェ」をオープン。
出資する経営者が他にいたが、現場の運営は彼と相方にすべて任されていた。コンセプトや店名を決めるのはもちろん、インテリアや食器選び、壁塗り、メニューの選定、広報など、一通りのことに携わった。

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カフェの運営は楽しかったが、苦労も絶えなかった。
経営者の方針に納得できないこともある。忙しさのあまり、すべての仕事が “作業” になってしまう日もある。接客が雑になったこともある。

「それでも、お客さんが来てくれること、自分の作ったお菓子を『おいしい』と喜んでもらえることの有難さを感じられたことは、すごくいい経験だったなあと思います」

日々の繰り返しの中で、時に「当たり前」と勘違いしてしまうけれど、「当たり前」などないと知ったこと。だからこそ、一瞬一瞬を大切に、丁寧に生きること。

それは、アイデンティティの模索を続けてきた彼がやっと手に入れた、「自分の軸となる価値観」だったのかもしれない。

こうして、単に「大学生活での経験」という言葉では括ることができないほど大きなものを得て、半年間のカフェ運営に幕を下ろした。

自らの弱さと向き合う中で見えてきた「本当にやりたいこと」

卒業後はITベンチャーに就職。フリーペーパーサークルでの活動や半年間のカフェ運営を通して、「何をやるかより誰とやるか」が重要だと感じ、価値観が合うことを重視して入った会社だった。

だが、実際に入社すると、想像と現実のギャップに苦しんだ。

「ここなら、今のありのままの自分を受け入れてもらえそう、という甘いマインドで入ってしまったのが良くなかったです。当然ですが、始めは自分はできないこと、失敗ばかりで『先輩たちのようにならなきゃいけない』と勝手に思いこんでしまって。でも、中々そうなれない自分が辛かった」

当時一緒に働いていた、気が強く臆さず営業をこなす先輩と、プレッシャーに弱い彼。「先輩のようにならないと」と気負ったところで上手くいかず、叱責されてばかりだった。

どんどん自分に自信がなくなり、いつしか、先輩に話しかけられるだけで頭が真っ白になってしまうように。営業が終わった後、電車で泣きながら帰ったこともあった。

「会社に行くのがどんどんつらくなって。秋ごろに1週間会社を休んで、心療内科で薬をもらいました。産業医から勤務制限がかかって、その先輩は指導担当を外れることになりました」

つらい経験だったが、先輩との関係は徐々に改善されていった。

「同じ部署で一緒に働くうちに、少しずつ信頼関係を築けていったんだと思います。僕はプレッシャーのかかる仕事が苦手な反面、資料作成やスケジュール管理などの細かい作業は得意だったので、先回りしてサポートしたりして。得手不得手を理解し合えたことで、最終的には良い関係になれたと思っています。kenohiにも来てくださって、嬉しかったです」

波乱万丈な1年目を何とか乗り切り、2年目に突入。営業の仕事のかたわら新卒採用に関わるようになり、仕事に向き合う姿勢が大きく変化する。

「面接では就活生に『何をしている時が楽しい?』『社会人3年目になったら、どうなっていたい?』とか質問するんですけど、それが全部自分に返ってくるんですよね」

「『自分は、なんでここにいるんだろう』『これからどうなりたいんだろう』と自問自答していくと...そもそもこの会社に入りたくて、入るのを決めたのは自分で。『面白さがわからない』『苦手だから』と言い訳をして、目の前の仕事に真摯に取り組まないと面白さが分かるはずもないし。いつまでも逃げていてはダメだ』と気付きました。過去の自分を裏切りたくないから、もうちょっと頑張ってみようという気持ちになりました」

徐々に仕事に気持ちが入るようになり、目の前のことに精一杯取り組み続けた。その姿勢や功績が評価され、3年目の10月には昇進が決定。
だが、感じたのは喜びよりも不安やプレッシャーだった。

「評価してくださる人がいることは、もちろん嬉しいです。ただ、広告やデジタル領域の事業内容に相変わらず興味を持ちきれず『仕事としてやるべきだからやる』というままでした。自分がやっていることに、心の底から意義を感じるのが難しかった」

「より難しくて、責任のある仕事を任せてもらえる。本来喜ぶべきことを恐怖に感じたとき、自分はここにいるべきじゃないと思いました」

折しも、関わっていた事業に区切りがつき、長期休暇を取ることになった。「せっかくなら旅に出て、ゆっくり自分と向き合う時間が欲しい」という気持ちから、東京から南に1000kmの小笠原諸島・父島へと向かう船に乗った。

「インターネットの繋がらない船に片道24時間乗る、そこに惹かれました。父島で何ができるのかは調べていませんが、そもそも観光する気はなかったです。3日間の滞在の半分以上はとあるカフェで過ごしたんです。そこで、これから自分はどうしたいのかじっくり考えました」

一時は心が折れかけたものの、目の前の仕事に懸命に取り組んできた2年半。
だが、昇進を機に「これからもずっと『仕事をする』という働き方のままでいいのだろうか、今やっているのは本当にやりたいことではないのではないか」という気持ちが抑えきれなくなっていく。
心の奥底にあった「いつか自分でカフェをやりたい」という気持ちに再び火がついた。

「実は少し前から、カフェをやりたい気持ちあったことには気付いてました。ただ、社会人になってからフットワークが重くなったというか、頭でっかちになったというか。『なぜカフェなのか?』『なぜ今なのか?』『生活費を稼ぐ目途はたつのか?』など...。納得のいく答えを出してからじゃないと動けなくなっていて。もちろん必要な問いではあるのですが」
 
「そんなときに、カフェのマスターが『なんのゆかりもない父島に勢いだけで来て、日銭稼ぎながらコーヒー豆育ててお店開いて、カフェやってる』って言ってるのを聞いて……。ああ、勢いで始めてしまうのもアリなんだって、やっと思えるようになったんです」

「なんでカフェをやりたいのか、自分でもよくわからない。けど、とりあえずやってみよう。細かいことは走りながら考えよう、って思って。3年間お世話になった会社を辞めて、自分のカフェをオープンすることを決めました」

自分が心からいいと思える場所を、誰かが愛してくれる小さな幸せ

前職を退職するまでに再び心身のバランスを崩してしまったり、準備に奔走して過労で倒れたり。いろんなことがあったが、2019年4月10日、無事に「喫茶食堂kenohi」をオープンした。

あれから1年あまり。2020年春には感染症拡大によって飲食業界全体に危機が訪れたが、kenohiは彼の創意工夫と多くのファンの支えによって、「いつもと変わらない、ほっとできる場所」としてそこにあり続けた。
彼は今、どんな気持ちで日々を過ごしているのだろうか。

「毎日がひたすら楽しいです。先日、何か特別なことが起こったわけじゃないのに、キッチンから客席をぼーっと眺めていた時に目と胸にぐっときた瞬間があって」

「この状況下で、いつも朝からお客さんが来てくださっていて、ノーゲストの日がなく、コーヒーや食事を楽しみながら、ゆっくり過ごしてくださる人がいることが、本当にありがたいことだなあって」

「kenohiって、自分による、自分のためのカフェなんです。徹底的に自分のことだけを考えて、『僕だったら嬉しい』っていうのを詰め込んでつくった場所」

「例えば『こんな人のために作りました』っていう場所が、実際は誰のためにならなかったらどうしようもないじゃないですか。僕は第一に『自分のため』があるから、究極的には誰のためにならなくてもいいんです。僕自身が楽しいから(笑)」

そう言いながらも、「けどやっぱり、僕がいいなと思う場所を受け入れてくれる人がたくさんいてくれるのは幸せです」とほほ笑む。

「例えば上京して一人暮らしの社会人の方や学生さんが、kenohiみたいにゆっくりできる場所があることで、少しでも救われたり、何かのきっかけを掴めたりしたら嬉しいですね。自分が関わったことで、人にいい影響を与えられるというのも僕にとってはとても重要なことなので」

kenohiをオープンしたときに掲げた「お客さんの日常に寄り添える場所であり、自分が日々幸せを感じられる場所」というビジョン。この1年で、確かに実現できた感触がある。

「ありがたいことに、お店や僕のことを尊重してくれる素敵な方ばかりが集まってくださって。自分が生み出したはずのkenohiに、僕の方が精神的に支えてもらっています。僕とお客さんでつくり上げたこの空間を、これからも大事に守っていきたいですね」

決して土足で踏み込んでくることはないのに、ほんのり温かさを感じる距離感。張りつめていた心をふっと柔らかくする、やさしくゆるやかな雰囲気。
さまざまな経験を重ねてきたからこそ培われた彼の魅力は、そのままkenohiの空気感となった。過去の彼自身のためにつくられたこの場所が、今ではたくさんの人を癒している。

「今後のkenohiは……どんなお店になっていくんでしょうね?僕にもわからないんです(笑)。大それた目標を達成するとか、店舗を大きくするとかは全然考えていなくて」

「一人ひとりの日常に寄り添うような場所、というコンセプトはきちんと守りつつ、あとは流れや出会いに身を任せて……これからも背伸びせず、楽しくやっていきたいですね」

いつかの彼のように自信を失ってしまった新社会人、忙しさに追われて穏やかな日常を失いかけている人、自分をじっくりと見つめ直したい人、何も考えずにただぼんやりと過ごしたい人。

kenohiはこれからも、彼自身とそんな「誰か」の日常にそっと寄り添うべく、続いていく。

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取材・原稿執筆

小晴

多様な「生き方」に興味のあるフリーライター。おいしいものと愛兎・茶々丸のことで頭がいっぱい。現在は千葉在住だが、心のふるさとは武蔵小山・西小山。

Twitter:@koharu_d_0401
HP:

あとがき

この記事が生まれた経緯を書こうと思います。
インタビュー記事の執筆は、僕から依頼しました。

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今春、緊急事態宣言が発令されました。

飲食業を営んでいる僕は、壊滅的な大打撃を受けるであろうことを見越してはじめたもの。

キッチハイクさんの先払いチケット、オンラインショップを始めたり、noteのサークル。お弁当。

有難いことに、kenohiは想像していたよりも影響を受けなかった。

動き出しが早かったのが良かったのか、沢山の方に支援していただいた。
いつもより高頻度で来てくださる近隣のリピーターさんにも助けられました。本当に...。

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「あー、kenohiは続けられそうだ、よかった」

そうは思えませんでした。
仕事が減った人、なくなった人。色々なお客さんを見てきました。

有難いことに、お客さんや友人知人のおかげで、
ある程度まとまったお金が僕の手元に残りました。
「いつかくる保険」としてお金を余らせることに違和感がありました。

小さくても、kenohiの中でもお金を回していきたい。

そんな気持ちで、ライターの小晴さんに依頼しました。


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これだけ聞くと、美談のようですが。
公開を一度踏みとどまった理由の話をもう少し。

経営的にはともかく、あのとき(3,4,5月)は体力的にも精神的にも
いっぱいいっぱいでした。

「頑張っている自分」に酔っていましたね。常に深夜テンションのような。
そして「自分も社会のために何かしなくちゃ!」という感じになったのですが...。

酔っぱらった自分では、受け入れられていた記事の内容が
恥ずかしく、怖く思えてきたのが1つ。

この記事を読んで「つらかったね」「えらいね」って言われるのは こそばゆいし、
「多かれ少なかれみんなツライ過去あるやろ、もっとつらい人おるからな」と思われるのも怖かった。これホンネ。

2つ目に、日々 耳にするニュースだって暗い話が多いのに、
この記事は暗い内容が濃く、読んでいてシンドイのではないかと思った。
これはきっと、タテマエだけれど。

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この記事は「記録」です。
〇〇な人に読んでほしい、こう思ってほしい...そういった意図も、目的もありません。
感じ方に先入観を持たせたくなかった結果、この(なんの面白みのない)タイトルにしました。

だからこそ、どんな方が読んでくださったのか
読んでくださった方がどう受け取ってくださったのか

とても気になるので、思うところがあった方はコメントいただけると
嬉しいです。

長文お付き合いいただき、ありがとうございました。
(企画から携わってくださり、リモート取材、原稿執筆していただいた小晴さん、本当にありがとうございました...!)

●kenohiのInstagram

●noteサークル


kenohiという小さな喫茶食堂を運営する中で思うことや考えていることを書きます。もし、万が一、応援したいと思ってもらえましたら、サポートいただけると嬉しいです。