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なぜ快楽主義者が2年半会社勤めできたか?

退職

先日2年半勤めた会社を退職した。
沖縄と北海道のリゾート地でホテルマンとして働いた。ただ自分の目の前のことに集中し、愚直に仕事に取り組んできたと思っている。
正直全く未練がない。尊敬できる上司もいなければ、仕事内容も魅力的ではない。給料も安く、会社から特段評価もされてもいなかった。
しかし、社内で希少価値を高めることはできず、上司からも「お前の代わりはいくらでもいる」と言われた。初めこそ感情的になったが、自分でも妙にその言葉に納得した。自分の代わりはいる、そして自分はここにいるべきではないと思った。

なぜ2年半勤務できたか?

元来私は組織の中で立ち回ることが非常に苦手だった。自分が組織の中心にいて重要な意思決定に関わることができれば問題はない。ただ組織の一つの歯車のような役割を全うすることはできなかった。
1. 気の合う同僚がいた

同僚 硫黄山にて


彼らがいたからこそ私は遊ぶような感覚で仕事ができた。そしてプライベートではよく旅行に行った。ただ彼らの退職や移動に伴い、最後は私1人になってしまった。その途端私は仕事をするように仕事をするようになってしまった。つまり、私にとって仕事内容よりも誰と働くかが重要だったわけだ。

2. リゾート地が美しかった

沖縄 某離島にて


沖縄の圧倒的な非日常
入社して私が配属されたのは沖縄の離島であった。私はその美しさに圧倒された。サップを漕ぎながら、広大なマングローブの森へ入っていく。それは自分の中の深層心理へゆっくり潜っていくようで、完全にトリップしていた。この体験は渋谷でギャルをノーパンで歩かせた時と同様に生涯忘れることができない。そして星空の美しさだ。私はそれまで星を意識的に見ることがなかった。「星がきれい」と抜かすやつは軽薄な奴に違いないと思っていた。その私が涙を流した。真夏の午前3時。私は寮からホテルまで歩いて出勤していた。寝ぼけながら外に出ると辺りが妙に明るかった。上を見上るとその理由がわかった。自分の中の奥底から何か得体の知れない感情が溢れ出た。涙を流していることにしばらく気づかなかった。「星がきれい」と言うやつは軽薄なやつではなかった。なぜなら私が軽薄でないからだ。

同僚と知床にて

ダイナミックな北海道の四季
また最北の地もそれは美しい。そのダイナミックな四季の移り変わりには感嘆せざるお得ない。凍てつく寒さの中、辺り一面を純白なキャンバスに一瞬に塗りつぶす。やがてその白も溶け出し、鮮やかな緑が力強く存在感を放ってくる。短くも猛烈に燃え上がる秋があり、それを一挙に無にする残酷な冬がまたやって来る。ここまでダイナミックに四季を体感できるのは日本においてこの大地のみであろう。まず冬の緊張感が好きだ。内地の寒さとは次元が異なる。長くこの寒さに晒されれば、死に直結するのがわかる。内地で安易に「寒い」と言うやつは本当の寒さを知らない軽薄なやつに違いなかった。車の運転中にホワイトアウトも経験した。生というのは死に近づくことでよりリアルに実態を掴めるのだろう。それがとても嬉しくもあった。
また新緑の素晴らしさにも触れたい。雪解けの頃白樺にまだ葉はない。寒さが徐々に和らぐと鮮やかな緑が眩しいほど存在感を放ってくる。それはそれは美しい。前述の通り、私は自然に感動するような感性を持っていなかったが、北の大地が見せる躍動感のある美が私の埃の被った感性を叩き起こしてくれた。

快楽主義者の今後について

品川駅

仕事に強いモチベーションもなかったが、以上の2点が私には大きかった。
私のような尊大な快楽を追求するものにとって会社とはとても窮屈な場所であったのだ。デイトレードも考えたが、やはり社会に価値を与える生産的なことがしたいと思い、フリーランスか起業を検討している。
山手線品川駅のディスプレイに表示された「今日の仕事は楽しみですか。」 という広告に批判が集まった。
炎上という結果は人々の仕事に対するネガティブな側面を浮き彫りにした。
あなたが会社勤めする理由は何ですか?
自分の快楽を押し殺してまで、

私は変態です。変態であるがゆえ偏っています。偏っているため、あなたに不快な思いをさせるかもしれません。しかし、人は誰しも偏りを持っています。すると、あなたも変態と言えます。みんなが変態であると変態ではない人のみが変態となります。そう変態など存在しないのです。